宝の庭
数日後、アリシアはようやく体力を取り戻し、庭に出る許しをもらった。
「でも、無理はしないでね!」
母親が何度も言い聞かせるのにアリシアは「はい!」と元気に答えた。
外に出ると、太陽の光がまぶしく、草の匂いが鼻をくすぐった。
少し湿った土の匂い。
どこか懐かしく、心が弾む。
(…ああ、本当に、生きている…!)
ぼんやりと思いながら、アリシアは庭の片隅にしゃがみ込んだ。
小さな手で、そっとスギナに触れる。
「きみも、がんばって生きてるんだね」
ふわふわした緑の感触に、自然と笑みがこぼれる。
スギナは、前世では庭師泣かせの頑固者だった。とはいえスギナには利尿作用やデトックス効果があり、むくみ解消や血液循環の改善に役立つ効能があった。あとは美肌やアンチエイジング効果もあったことを覚えている。
けれどこの世界では、基本の効能はそのままで、さらに干して煎じれば咳止めや体を温める薬にもなるらしい。
前世の知識と、この世界で生きていくための新しい知識。
ふたつを組み合わせれば、きっと家族の役に立てるはずだ。
(まずは、乾かしてみよう)
アリシアはスギナを数本摘み取り、大事そうに布で包んだ。スギナはなぜかそのままスギナ草という名前のようだ。
その横では、カタバミが小さな黄色い花を揺らしている。
この世界では「レミナ草」と呼ばれ、食欲を増進させたり、ちょっとした怪我の手当に使われていることを知る。そして垂直に伸びる根っこは痛み止めにもなるようだ。
(レミナ草も、少しだけ……)
無理はしないと約束したので、本当に少しだけ摘み取った。
無闇に抜かず、根を傷つけないように、必要な分だけ。
アリシアは草たちに心の中で「ありがとう」と告げた。
⸻
「ただいまー!」
家に戻ると、母親がすぐに駆け寄ってきた。
「まあ……アリシア、それは?」
アリシアは胸を張った。
「この子たち、乾かしてからお茶にしてみようと思うの!元気が出るお茶だよ!」
母親は驚きつつも、優しく微笑んだ。
「ふふ、じゃあ、台所で手伝ってあげるわね」
乾燥させるための棚を作るのに、兄が手伝い、姉が風通しのいい布を用意してくれた。
皆が、アリシアの小さな挑戦を応援してくれる。
そんな家族の優しさに、胸が熱くなった。
(この世界で、私は…)
…前世でやり残したこと。
前世では家族仲が良くなかった。庭仕事をしている時は何も考えずに済むので夢中になっていた。けれど誰かの役に立ちたい、という小さな願いがあったのも確かだ。気づかないふりをしていた小さな気持ち。それが、今、確かに動き始めている。
乾いた風が、そっと庭から吹き込んだ。
アリシアは、光の中でそっと笑った。