影の存在
アリシアたちの商品は、教会と商業ギルドを通じて急速に広まっていった。
安眠枕やポプリ、薬草茶にカスカラティー、傷を癒やすクリームや蒸留酒──どれもが領内外で高い評価を受け、領主一家の名声はますます高まっていく。
だが、それと同時に、領外の商人や貴族たちの中には、アリシアたちを取り込もうと目論む者たちも現れ始めていた。
彼女たちの商品は単なる嗜好品ではない。人の心身に深く作用し、生活を豊かにする力を持っている。
それを欲しがる者たちが、手段を選ばず動き出してもおかしくはなかった。
教会もすぐにその気配を察知した。
特に、アリシアがまだ年若い少女であり、心優しく無防備な一面があることを知っていたサミュエル神父は、深い懸念を抱いた。
そんな時、教会に一人の男が姿を見せた。
かつては凄腕の暗殺者として恐れられた存在──だが、今はその肩書を捨て、穏やかな表情で神父を訪ねてきた。
「…本当に、ありがとう。あの枕とお茶がなければ、俺はあのまま壊れていただろう」
男は深く頭を下げた。
彼の名は、カイン。
幼い頃、サミュエル神父と同じ孤児院で過ごした過去を持っていた。
だが、幼くして引き取られた先で奴隷同然に扱われ、逃げ出した彼は、裏の世界でしか生きる道を見つけられなかった。
「ずっと……自由になりたかった。だけど、どこへ行っても俺には居場所がなかったんだ」
カインの言葉に、サミュエル神父は静かに頷いた。
「君は、ようやく自由を得たんだ。今度こそ、その自由を守るために生きてもいい」
カインは、自分を癒し、解放してくれた存在のために力を使いたいと申し出た。
恩を返したい──そして、自分を救ってくれた存在を守りたいと。
サミュエル神父はすぐにアリシアたちとカインを引き合わせた。
アリシアは最初、カインの無骨な雰囲気に少しだけ緊張したが、彼が柔らかな微笑みを見せた瞬間、すぐにその警戒を解いた。
「…アリシア様。影から、あなたをお守りします」
膝をつき、深く頭を下げるカイン。
アリシアは目を丸くし、そして微笑んだ。
「ありがとう、カインさん。私……すごく、心強いよ!」
こうして、カインはアリシアの影の護衛となった。
表向きには領主家の新しい警備隊の一員として、しかし本当の任務は、アリシアの自由と笑顔を守ること。
その日から、アリシアたちの未来は、また一歩、強く、確かなものになったのだった。




