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目覚め

身体が重い。

どこか遠くの方で誰かが泣いている声がする。

熱い。息をするだけで胸が痛い。

ぼんやりとした意識の中で、少女は聞こえてくる声にもどかしさを覚えた。

「…もう、ダメかもしれない…」

悔しさと悲しさの混じったものが胸の奥を締め付けた。


けれど次の瞬間、光が差し込んだ。

あたたかく、やさしい光。

——アリシア!



「……アリシア!」

誰かの叫び声が耳に届く。

まぶたが重い、けれど必死にそれを押し上げる。


「……お、お父様?」

かすれた声でそう呼びかけると、目の前の男性の目に涙が溢れた。

彼は貴族らしい立派な服を着ていたが、袖にはほつれがあり、手は働き者のそれだった。


「よかった、気がついた…。医者からはもう、覚悟しておくようにと言われていたんだ…よかった、本当に…」


泣きながらたくさんの人が駆け寄ってきた。

母親、兄、姉、家の使用人たち。みんな、アリシアのために涙を流し、喜び笑ってくれた。





落ち着いたころ、ベッドの上でアリシアはぼんやりと天井を見上げた。

この体は小さい。

手も、声も、子どものそれだ。


だけど、記憶の奥底には確かに別の人生がある。

陽の下で土を掘り、草花を育て、汗をぬぐった記憶。

夏のある日、その日はそこまで酷暑じゃなかったからまだもう少し雑草を抜いて…といつもより長く庭作業をしていた。そろそろ休憩を…と立ち上がったところで暗転し記憶が途切れた。


「…私、前に、一度……死んだのかもしれない」


ぽつりと、アリシアはつぶやいた。

近くにいた母親がギョッとして顔をのぞき込む。


「アリシア……?何を言っているの?」


アリシアは小さな手を胸に当て微笑んだ。


「ううん、大丈夫。ただ、ちょっとだけ…。…どこか遠いところから、帰ってきたような気がするの」


アリシアは、熱く火照った額に手を当てた。

前世の記憶が、まだ夢のようにぼんやりと脳裏に漂っている。


(あれは……間違いなく、私が……)


夏の日差し。汗だくになって庭をいじっていたあの日。

ふらりと意識を失い、その先のことは覚えていない。

けれど、きっとあのとき、自分は——死んだのだろう。


「……お父様、お母様」

アリシアは震える声で呼びかけた。


ベッドのそばにいた二人は、すぐにアリシアの手を取り、優しく包み込んだ。


「何だい、アリシア。体のどこか、まだ痛むのかい?」

「無理に話さなくてもいいのよ」


アリシアは首を振り、小さく息を吸った。


「…わたし、変なことを言うかもしれない。でも…」

言葉を選びながら、慎重に続ける。


「わたし、前にも一度、生きていたと思うの。…たぶん、この世界とは違う場所で…」


両親は顔を見合わせ、困ったような、けれど真剣な表情で頷いた。


「…うん、アリシアが思っていること、ちゃんと聞くよ」

「安心して、何も怖がらなくていいのよ」


アリシアの胸に、ほっと温かいものが満ちた。



ふと、枕元の花瓶に目が留まる。

小さな白い花が、一輪、静かに揺れていた。


(……カミルレ)


自然と名前が浮かんできた。

それだけではない。

この花には、熱を下げ、体を落ち着かせる効果があることまでなぜだかわかった。


「これ……カミルレ、だよね」

「えっ?アリシア、知っているのかい?」


父親が目を丸くする。

この地方ではその花は”白い草”と呼ばれ、詳しく知る者はほとんどいない。


「前に…ずっと前に、お花のことをたくさん調べてたの。名前は少し違うみたいだけれど、なぜだかどういう花なのかわかるわ。…カミルレは熱を下げる薬にもなるみたいよ」


母親が目を潤ませながら、そっとアリシアの髪を撫でた。


「アリシア……神様が知恵を授けてくれたのね」



窓の外に目を向けると、庭が見えた。

そして、雑草だらけの土色の庭。


(わあ……)



胸の奥から、驚きとわくわくする気持ちが湧き上がる。

確かに、一見すればただの雑草。

けれど、前世の記憶がささやきかけた。


(あれはスギナ…あっちはカタバミ…!)


前世では、せっかく手入れした花壇を荒らす憎き敵だった存在たち。

だが今、この世界では様子が違った。

見た目は同じなのに、名前も、効能も、少しずつ違う。

スギナもカタバミも、この世界ではまた別の名を持ち、そして立派な薬草として役立つことを知った。


(こんなに…すごいものだったなんて)


胸が高鳴る。

ずっと憎んでいたものが、宝に変わるなんて。


「…このお庭、すごい宝物だ…!」


アリシアは思わず声に出していた。


両親は顔を見合わせ、そして柔らかな笑みを交わした。


「アリシアが元気になってくれるなら…庭だって、好きにしていいんだぞ」


父のその言葉に、アリシアの心は跳ねるように弾んだ。


小さな貴族家の、荒れた庭。

だが確かにそこには、誰にも気づかれず眠る希望があった。

雑草と呼ばれた草たちが、静かに、強く、光を浴びていた。


アリシアは小さな手をぎゅっと握った。

この命を、今度こそ大切に輝かせるために。

そして——家族の力になれるように。


窓の向こう、風に揺れる草たちを見つめながら、少女は静かに誓った。


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