告白大根
「ど、どうしてもあなたに気持ちを伝えたくて。これ受け取ってください!」
こうして俺は一本の大根を受け取った。
職場から別の職場へ移動している最中に一人の女性に呼び止められた。
二十代前半くらいであろう彼女は、歩いていた俺の肩を控えめにたたくと、少し恥ずかし気に視線をそらしながら先の言葉を言った。つまりこれは……これは、なんだ?
俺は唐突な出来事に立ち止まっていたが、渡された大根を抱えなおし再び歩き出した。
文言を素直に受け取れば愛の告白以外の何物でもないのだが、渡されたものが大根一本とはどういうことなのか。この両手にずしりと感じる重さは大根に似せた何かではなく、大根そのもので間違いない。加えて言えば大きいもので三十キロにもなる桜島大根や、長いもので全長百九十センチにもなる守口大根とは似ても似つかず、またラディッシュの名前で知られるハツカダイコンなどとも違う。日本で一般的に知られている、いたって普通の大根に間違いないのだ。
つまりこれは大根だということだ。うん、なにもわからない。
いや、今手にしているのは大根ではないのかもしれない。この野菜には別の読み方もあるではないか。
ずっと大根と読んでいたが、オオネとも呼ばれているらしい。それに春の七草として有名なスズシロという別名もある。
スズシロ……。鈴しろ?
一部の文字を変換させれば命令文の形にできそうではあるが……流石に無理があるな。
そういえば大根の英名自体がラディッシュであるらしいが、これも伝えたい気持ちとやらのヒントにはならなさそうだし、それなら最初からハツカダイコンを手渡した方が手っ取り早い。
もしかして大根に仕掛けをしている、とか?
なにか文字が仕掛けてあったり、手紙やメッセージが仕掛けてあったり。その可能性ならば……ないか。普通に手紙を渡せばいいし、仕込むにしてももっとましな方法がいくらでもありそうだ。
ではやはり大根自体に何か想いが隠されていると考える方が自然だな。でも他に大根に込める意味ってなんだ?花言葉とかか?流石に花言葉までは知らないのだけれど。うーん。
……いや、待てよ俺。
そもそもなぜ大根の意味なんて考えているんだ?もっと簡単に考えるべきなんじゃないだろうか。普通に考えるんだ。大根自体に意味があるわけがない。あれはただの告白だったんだ。
俺自身が三十過ぎだったり、交際というものに縁が無かったり、もっといえば若い女の子に話しかけられて混乱していたりで冷静な判断ができていなかったんだ。あれはただの告白だ。間違いない。
……告白の場面でふつう大根渡すか?本当に告白で気持ちを伝えようとするならば、やはり手紙にするんじゃないか?
うーん。告白……大根……告白……だいこん……告白……だいこ……うん?
俺は唐突に閃いてしまった。
わかった、やっとわかった。あれはやはり告白だったのだ。しかし大根にも意味はあった。ちょっとした言葉遊びだったんだ。
告白大根ならぬ、告白代行。
思い返してみれば「あなたに気持ちを伝えたい」と言われはしたが、「私の気持ち」とは一言も言っていなかったのだ。だれか俺に想いを伝えたい子の代わりに彼女が言ってくれたのだろう。これが真実だ。
俺は何ともさわやかな気持ちになった。決して俺を好きな子がいたからではない。謎が解けたからだ。
丁度タイミングよく職場に到着していた。俺は大人の男だ。ウキウキの気分でスキップなんかしない。だけどすこしだけ俺に彼女ができそうなことを同僚に言ってみてもいいかもしれない。
職場に入ると大部屋で同僚の一人を見つけた。俺は挨拶もそこそこに、つい先ほどあった告白の一部始終を証拠を見せながら自慢してみた。同僚は鼻で笑った。
「役者失格じゃねえか。」
長編の方が進まないので、他所で書いたものを引っ張ってきました。