リシャールとの出会い
無事にグレイス妃とアルフレッド王子への挨拶を済ませ、二人の側を離れると、ラウラは胸に手を当て、ふぅ、と安堵の溜息を溢す。母と兄にも上手に出来ていたと手放しで褒められ、嬉しくてにこにこ顔が緩んでしまう。
少し気持ちに余裕が出て来て周囲を伺うと、なんだかとても熱い視線が集まっていることに気がつく。それは羨望や感嘆の眼差しであったり、頬を染めて黄色い声を上げる令嬢達の眼差しであったり様々だ。
令嬢達の熱視線の大半は兄セインに向けられているようで、兄と仲良くなりたいのであろう可愛らしい令嬢達に瞬く間に取り囲まれてしまい、令嬢達の壁が築かれている。
「お母様、お兄様モテモテなのね」
「あらあら、そうね、モテモテね」
母フローリアと二人で顔を見合わせてフフッと笑い合うと、そこへもまた熱い視線が突き刺さり、気づけばラウラ達もまた多くの人達に囲まれているのであった。美形公爵家パワー恐るべし!
一通り王族への挨拶も終わったのか、お茶会も時間の経過とともに参加者達は夫人同士、子供同士に徐々に分散され始め、ラウラも令嬢達と楽しくお喋りしたり、庭園を散策したりして楽しい時間を過ごしていた。
しかし、噴水の近くまで来たところで、ふいに視界の端に少しだけ覗く黒髪を捉え、トクンと心臓が音を立てる。令嬢達とまた後でと挨拶して別れ、ラウラは何かに導かれるように庭園の隅へと足を向けた。
整えられた植込みの間に見える黒髪。そっと近づいてみると途端にザッと音がして、その黒髪の人物が勢いよく逃げ出した。ラウラは反射的にその後を追う。走り出したのは線の細い黒髪の子供だった。
「待って!」
髪の長さからして男の子だろうと思われるその子にラウラが声を掛けると、びくっとして子供が足を止める。
「ごめんなさい……僕」
胸に湧き上がる予感に突き動かされるようにその子の前に回り込むと、ラウラは思わず息を呑んだ。王宮にいる人間の服装とはとても思えないような簡素な衣服。その服から覗く手足は青白く、折れてしまいそうに細い。
乱れた黒髪は艶もなく、手入れが行き届いているようには見えない。暗さを帯びた碧い瞳は今にも泣き出しそうに不安に揺れている。
そして、その顔立ちは……繰り返し夢で見るあの男の子のものだった。
「怖がらないで?何も酷いことをしないわ。私はラウラ。……あなたのお名前は?」
「……リシャール」
男の子が俯きながら、消え入りそうな声で答えてくれると、ラウラは頭をガンっと鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。落ち着かなければ!彼を怖がらせてはいけない!
「リシャール第二王子殿下なのですね?」
逸る気持ちを抑え、ラウラが努めて穏やかに問い掛けると、リシャールはコクリと頷いた。その頬には小さな切り傷があり血が滲んでいる。恐らく茂みで切ってしまったのだろう。ハンカチを取り出し、そっと彼の頬に当てる。
「お怪我をされていますわ。痛くはありませんか?どうか戻られたらお手当をしてもらって下さいませね」
「うん……」
「リシャール殿下、わたくしもう戻らなければいけませんが、また会って下さいますか?」
リシャールは驚いたように碧い目を瞠る。そして少し嬉しそうにして頷くと、ラウラにぎこちないながらも笑顔を見せてくれたのだった。