チョコレートの日
「ラウラ様ー!」
「まあ!キャロル様」
リシャールと昼食を済ませた後、二人で教室に戻ると、キャロルが銀色の髪を揺らしながら元気にやって来た。
「ラウラ様、今日の帰りに神殿に寄って下さい!」
「ええ、では寄らせて頂きますわ」
「やったー!じゃあ、また後で!リシャール様、失礼します!」
キャロルは機嫌良く、二年生の教室へと戻って行く。
「ははっ!相変わらず仲がいいな。神殿までは送らせてね」
少し吹き出しながら、リシャールが言う。
「ええ、ありがとうございます、リシャール様」
「それにしても、彼女のお陰で神殿も随分空気が変わったよね。なんだかこう、熱意に満ちているというか」
「フフッ、キャロル様のお人柄ですわね。わたくしも元気になってしまいますもの」
いつも明るいキャロルの姿を思い浮かべ、ラウラは思わず笑顔になる。
「彼女に感謝しなくてはね。ラウラがこんなに可愛く笑ってくれるなら」
クスッと笑いながら、リシャールはラウラの頬に手を伸ばした。碧い瞳が細められ優しく煌めいて、ラウラを見つめる。大人っぽくなった端正な顔と、頬を包む大きな手。時を忘れたように二人の視線は絡み合う。
リシャールのどこか色香を漂わせる眼差しに鼓動が速まり、早鐘を打つ。頬から離れた指がラウラの緩く波打った淡い金色の髪を梳いて、一房を手に取ると、リシャールは愛しいものに触れるようにそっと唇を寄せた。
途端に女生徒達の黄色い悲鳴が上がる。はたと我に返れば、教室中の視線が二人に集まっていた。真っ赤な顔のラウラとは対象的に、リシャールは周囲の反応を全く意に介していないかのように平然としている。
教室に入って来た教師は、教室の空気に何があったのかと一瞬困惑した表情を浮かべつつも、そのまま午後の授業を始める。ラウラは頬を染めたまま、ノートを取ることになったのであった。
「バレンタインのチョコレート?」
キャロルとの約束通り、学園の授業が終わった後で馬車でリシャールに送ってもらい、ラウラは神殿を訪れていた。キャロルの思わぬ提案に、ラウラはラベンダー色の目を瞬かせる。
「はい!ライゼン王国にバレンタインってないじゃないですか。でも私、サイラス先生にバレンタインのチョコレートをどうしても贈りたいんです!」
「まあ!素敵ね」
キラキラと金色の瞳を輝かせて、キャロルは拳を握る。気合い十分のようだ。ライゼン王国にはチョコレートはあるが、バレンタインデーのようなイベントはない。
「ラウラ様も一緒に作りませんか?リシャール様に贈りましょうよ!きっと喜んでくれますよ!」
「ええ。でも上手に作れるかしら?」
公爵令嬢として生まれた今世のラウラは、料理経験が皆無である。ただ、前世の記憶でぼんやりとした料理の知識はあった。事件も無事に解決を迎えたことだし、今度はお菓子作りを学んでみるのもいいかも知れない。
「大丈夫です!私、こう見えても前世ではお菓子作りが趣味だったので、任せて下さい!」
「フフッ、頼もしいわ。宜しくお願い致しますね、キャロル先生」
「はい!頑張りましょうね!」
こうして、ラウラとキャロルのチョコレート作りが始まったのである。
「え!?今日も神殿へ行くの?」
あれから毎日、学園の帰り道に神殿に寄ってから帰る日が続いている。チョコレート作りは温度管理が重要なのだそうで、なかなか奥が深い。
「ええ、キャロル様とお話が盛り上がってしまって」
「へぇー、そっか。どんな?」
「ええと、キャロル様の前世のお話を伺ったりですとか……」
「ふぅん」
一応、嘘ではない。しかし、リシャールは訝しげだ。なんだか少し気不味い雰囲気である。
「まあ、でも女の子同士で話したいこともあるよね」
「ええ」
小さく溜め息をついたリシャールが思い直したように言い、ラウラは心の中で、安堵の息をつく。折角だから、リシャールにサプライズでチョコレートを贈りたいのだ。
そうして、とうとうリシャールに贈るチョコレートが完成した。色とりどりの砂糖菓子をまぶした物、ドライフルーツを乗せた物、ナッツを乗せた物などなかなかの出来栄えだ。
「やりましたね!ラウラ様!」
「ええ、キャロル様のお陰だわ」
二人手を取り合って喜び合う。
「リシャール様、きっと喜んでくれますね」
「サイラス先生も喜んで下さるわね」
キャロルはサイラスのため、ラウラよりももっと手の込んだチョコレートを用意している。サイラスが嬉しそうに微笑む顔が思い浮かぶ。リシャールは喜んでくれるだろうか?
「ラウラ、来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「ウォン!」
翌日、王宮へと向かったラウラを、リシャールとベリルが出迎えてくれた。週末のため、今日は学園はお休みだ。幼い頃は毎週末マーベリック公爵邸に泊まりにきていたリシャールだったが、今は政務の手伝いをして過ごしている。
リシャールの私室に招かれ、ソファに腰を下ろす。ベリルは庭で日向ぼっこしながらお昼寝中だ。侍女が紅茶を用意してくれ、退室して行くと、ラウラはリボンをかけて可愛くラッピングした箱をテーブルに置いた。
「こちらをリシャール様にお渡ししたくて」
「え!?俺に?」
リシャールは長い指でリボンをするりと解く。
「チョコレート?綺麗だね、ありがとう。どこの店の物なの?」
「キャロル様に教えて頂きながら、わたくしが作ったのです。おかしな味ではないと思うのですが……」
「え!?ラウラが作ったの?俺のために?」
「はい、今回初めて作りましたので、お恥ずかしいのですが」
「それで神殿に通っていたんだね。ありがとう、すごく嬉しい」
向かいの席に座っていたリシャールが立ち上がり、ラウラの隣へ座る。
「ラウラが食べさせて?」
「え!?」
戸惑うラウラだが、リシャールが小さく口を開けて待っているため、チョコレートをひとつ摘むと、彼の口元へと運ぶ。すると、リシャールはラウラの指ごとチョコレートを口に含んだ。ラウラは真っ赤になって、指を抜くが、その手をリシャールが掴まえる。
「うん。すごく美味しいね。とても甘い」
艶っぽく煌めく碧い瞳で見つめながら言い、リシャールはラウラの指についたチョコレートを舌でゆっくりと舐め取っていく。指先に温かなリシャールの舌の感触がして、ラウラの心臓が大きな音を立てる。
そして、その指に自分の指を絡めると、リシャールはラウラに鼻先を触れ合わせた後で口づけた。荒々しく食むような口づけを繰り返すと、舌を侵入させて舌を絡ませる。今までされたことのないような激しい口づけに、ラウラは眩暈がしそうだ。
「ごめんね?嬉し過ぎて、ちょっと暴走しちゃった。ああ、帰したくないな」
息も絶え絶えになってしまったラウラをリシャールが抱きしめる。
「チョコレート、勿体なくて取っておきたいけど、食べられなくなるのも嫌だな……大切に味わって食べるからね」
その後、バレンタインデーは乙女が意中の相手にチョコレートを贈る日として、ライゼン王国に広まり、チョコレートの日として定着して行くのであった。




