古の塔
北の塔は文字通り王都の北に位置した王家の直轄領にそびえ立つ古の塔だ。歴代の王族や高位貴族などに生まれながら、罪を犯した者達が幽閉されてきた曰くつきの塔でもある。
「ここが北の塔……」
蔦が絡みつき、あちらこちらに苔がむし、鬱蒼とした木々に囲まれた古びた塔は一見不気味にも見える。
「ええ、今の時代ではこの塔の姿を見て恐ろしい印象を抱く人が多いのでしょうが、古の時代には人々がここで神々との対話を行なっていたという伝説も残る塔なのですよ」
「神々との対話を……」
「歴史のある塔なんですねー!」
ラウラとキャロルは興味深げに古き塔を見上げる。
「ええ、この塔の屋上部分には祭壇があるのです。そこに向かいましょう」
一行は頷き、サイラスの後に続いて塔の上部へと続く階段を上って行く。
「恐らく、ベネディクトはグレイス妃に嵌められた魔導具をまだ外していないのでしょう」
「確かに出発時点では、何か事件や騒動があったというような報告は上がって来てはいなかった」
「何か騒ぎがあれば、居場所の手掛かりを残すことにもなると言えるよね」
サイラスの見解にリシャールとセインが同意する。
「サイラス先生、グレイス妃の手掛かりをどうやって探したらよいのでしょう?」
屋上へ向かうと言ったサイラス。彼には何か考えがあるということなのだろうか?
「グレイス妃の魔力が封じられていなければ、光魔法や聖魔法での追跡が可能だったでしょう。お二人は何かしらの痕跡に気づいたはずです。でも今は感じていらっしゃらない」
ラウラとキャロルは顔を見合わせ揃って頷く。闇の魔力らしき残痕は何も感じられない。
「そこで、アルフレッド殿下にご協力頂きたいのです」
「私に?私に出来ることなら、何でもしよう」
アルフレッドは少し驚いたようにリシャールとよく似た碧い目を見開いた後、決意を込めて頷く。
「アルフレッド殿下の血を使わせて頂きます」
「ああ、いくらでも使ってくれて構わない」
そうして一行は長い階段を上り終え、ようやく北の塔の最上部へと辿り着いた。古びた祭壇は円柱が崩れかかっており、閑寂とした空気を漂わせている。かつてはここで多くの人々が神々に祈りを捧げていたのだろう。
長い時の流れと共に風化してしまった寂しい場所。しかし、まるで蛍の放つ淡く儚い光のように、この祭壇には確かに微かな聖なる力の名残りを感じる。ここには神々との僅かな繋がりが残されているのだ。
「聖女様は祭壇の中央で聖女の祈りを。難しいことは考えず、心を込めて」
「はい!サイラス先生!」
キャロルは祭壇に跪き、祈りを捧げ始める。普段の明るくて元気なキャロルらしさは鳴りを潜め、清らかで神聖な空気を纏った美しい聖女の姿がそこにはあった。
そんな姿に何か感じるものがあったのか、ベリルがキャロルの隣に寄り添うように座る。そして程なくキャロル中心としてほんのりと淡い光が広がり祭壇を包み始めた。
「アルフレッド殿下、ほんの少しで結構です。血液を」
「ああ、分かった」
アルフレッドは腰に下げていた剣に親指を当てる。指先からぷっくりと血液が膨れ上がる。
「ラウラ嬢、聖女様の力に同調するイメージで。アルフレッド殿下の血の絆を追うのです。グレイス妃の姿を思い浮かべて」
「はい、サイラス先生」
ラウラはキャロルの清らかで温かな力に身を委ねながら、アルフレッドの血の絆が繋がる先を探す。脳裏に浮かぶ、幼い頃に目にしたグレイス妃の姿。ブラウンの癖のある髪に、灰色の冷たい瞳の女性。
くるくると螺旋を描き、グレイス妃の行方を探す淡い光の糸はやがて一方向へと伸びて行く。
「捉えたわ!」
「北東の方角だ。あそこにあるのは……アルダバード遺跡、か?」
「身を隠せるような場所には思えないよね、建物なんて殆ど崩れてるし。だからこそ選んだとも言えるけど……」
リシャールとセインは揃って訝しげな顔をする。
「古の時代に魔物に滅ぼされた都市アルダバード……闇の力を開放するにはうってつけの場所、ということでしょうか?急ぎましょう、嫌な予感がします」
サイラスの言葉に一行は一様に表情を引き締め、足早に塔の階段を下る。
「アルダバード遺跡じゃ、馬車で行くのは無理だね。整備されていないし、道幅が狭い」
セインは少し考えるように言い、サイラスもその意見に同意する。
「そうですね、馬車と最低限の手荷物以外はここに置いて先を急ぎましょう。聖女様は私と同乗して頂きますが、それで大丈夫ですか?」
「はいっ!大丈夫です!」
北の塔を出立した一行はアルダバード遺跡を目指して、サイラスとセインの風魔法で補いながら馬を駆り、ベリルもしなやかに大地を駆ける。
サイラスの言っていた、魔物に滅ぼされたと伝えられる古代都市アルダバード。そこでグレイス妃と対峙することになるのだろうか?そして、彼女に同行していると思われるベネディクトには、一体どんな思惑があるというのだろう?
草原を走り、丘を越え、森を駆け抜けてアルダバード遺跡の姿が遠くに見え始める。しかし、そこで異変が起こった。
「急に嫌な気配が……これが闇の力なの……?」
「何なの、これ?怖い力……」
突き刺すように冷たく、吐き出したくなる程に不快な黒い力に、全身に悪寒が走り、冷や汗が浮かぶ。キャロルも同じ感覚に襲われているようだ。
「ベネディクトがグレイス妃の魔導具を外したようです!聖女様、祈りを!ラウラ嬢、先程と同じように聖女様の力に合わせて、全員に防護の魔法を掛けて下さい!」
「「はい!」」
キャロルの聖なる力とラウラの光の力が交わり、一行の身体を包み込む。
そして、アルダバード遺跡に足を踏み入れた頃には、抜けるように青かった空は分厚い漆黒の雲に覆われていた。




