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運命が動き出す時 Sideリシャール



 北の塔に幽閉されていたグレイスが姿を消したという事件は、王宮を大きく揺るがすこととなった。北の塔の警備は騎士団と魔術師団が協力して当たっていたはずだ。


 そして、グレイスの失踪当日に警備の責任者を務めていたのが、魔術師団の副官ベネディクトだった。北の塔で夕刻出された食事や飲み水に、睡眠を強く促す薬物が混入されていたことも判明している。


 そして、そのベネディクトも同時に姿を消していたのだ。状況から鑑みて、彼が夕食に薬物を混入させ、薬が効き始めるのを待ち、深夜に暗闇に紛れてグレイスを連れて共に逃亡したものと見られている。


 現在、騎士団と魔術師団が懸命に捜索を続けているが、未だその足取りは掴めていない。グレイスは闇の魔力の保持者だ。一刻も早く見つけ出さなければ、ラウラ達の知る物語のような犠牲者が出てしまう。


 グレイスが尋問の末、母リアーヌをその手に掛けたことを自供した後、彼女の生家トレント伯爵家は爵位を剥奪され、当主であり彼女の父でもある伯爵は投獄されたのち、獄中で病死している。


 一族も悉く貴族の身分を剥奪されており、彼女の血縁者で残っているのは兄のアルフレッドと他家に嫁いでいる者達だが、大半が自ら修道院に入る道を選んだと聞いた。


 ベネディクトは地方に小さな領地を持つ男爵家の四男で、グレイスとの血縁関係はない。監視の目がある中、彼女の幽閉中に二人が男女の仲になったというのも考え難いだろう。しかし、二人に何らかの繋がりがあったのだと見るのが自然だ。


 そして、ベネディクトの身辺を探らせていた諜報員達から上がって来た報告書の中に、リシャールの推測を裏付ける一文を見つけた。


 まだグレイスが幽閉される前、二人の関係が一部で噂された時期があるというのだ。当時のグレイスは王宮を牛耳るほどの権力を有しており、その噂を彼女はいとも簡単に握り潰している。


 ベネディクトは何故このような大それたことを仕出かしたのだろうか?グレイスに想いを寄せる故なのか、はたまた別の目的を持っているのか、現時点では当人を見つけ出す以外に知る術はない。


 いずれにしても、グレイスを野放しにしてはおけないことだけは確かだ。リシャールは魔術師塔へと足を向ける。ラウラ達の知る物語の聖女達一行がサイラスの協力を仰いだように、彼の助力は不可欠だ。そして、足早に歩くリシャールの後をベリルが走って追い掛けて来る。


 サイラスの部屋を訪れると、室内にはサイラスだけではなく、ラウラと聖女キャロルの姿があった。二人してローブを纏い、大きな荷物を背負っていてまるで旅支度だ。


 ラウラとキャロルはリシャールの顔を見るやいなや、慌てふためいて顔を青くしている。


「グレイスを探しに行くの?」


 ラウラのラベンダー色の目が驚いたように大きく見開かれる。


「はい。サイラス先生に同行して頂きますので、どうかご心配なさらないで下さい」


「俺も一緒に行く」


「駄目ですっ!リシャール様は絶対に来ては駄目っ!お願い致します。どうか王宮でお待ち下さいませ」


 始めは普段上げたこともないような大きな声で、最後は懇願するように、ラウラは必死でリシャールを止めようとする。美しく可憐なその顔は悲しみと動揺の色に染まり、薄紫色の瞳が揺れて今にも泣き出しそうだ。


「俺がラスボスになってしまうから?」


「リシャール様っ!?どうして……?」


 ラウラは信じられない、というような表情で愕然として佇み、目を見開いたままリシャールを見つめる。


「ごめんね。聖女キャロルを見張らせていたんだ。君達が知る物語に関しては報告を受けて知っている。キャロル嬢、疑うような真似をしてすまなかった」


「いえっ!最初の私、怪し過ぎましたもんね。大丈夫です、分かります!」


 キャロルは少し慌てた様子で首を振った後、大丈夫だと言わんばかりに拳を握って見せる。


「リシャール様……ごめんなさい。ずっと隠していて……。でもわたくし、どうしてもリシャール様に悲しいお話を知って頂きたくはなかったの……」


 ラウラの綺麗な瞳から涙が零れて頬を伝い、リシャールはハンカチでそれを拭う。


「いいや、ラウラはずっと俺を守ろうと頑張って来てくれたんだよね?知らなくてごめん。今までずっとありがとう」


「……リシャール様」


 細い肩を震わせて涙する最愛の女性をリシャールは抱き寄せる。ラウラのために、そして彼女と共に生きる未来のために、誰にも何にも決して身体を明け渡したりなどしない。ラウラとの未来を、彼女と共に掴み取ってみせる。


 決意を固め、リシャールの碧い瞳は前を見据える。そんなリシャールとラウラの姿をベリルの金色の瞳がじっと見つめていた。


 

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