全てを知った日 Side リシャール
聖女キャロルに密かにつけている見張りからの報告書に、リシャールは目を通していた。ラウラはキャロルと傍から見ていても良い関係を築いているように思える。
しかし、リシャールは、初めて対面した際のキャロルのおかしな言動に、警戒感を抱かずにはいられなかった。そして、そのキャロルの言動を見て何かを感じたらしいラウラは、自ら彼女に近づいて行ったのだ。
聖女というからには、神に選ばれた特別な存在なのだろう。だが、聖女だからといって、その人間性までも簡単に信用することはリシャールには到底出来なかった。
ラウラに護衛はつけてはいるが、聖女に対しては諜報部から人員を割き、彼女の行動を見張らせることにした。もし不審な点が見つかれば、ラウラに近づけさせる訳にはいかない。
リシャールとて、二人の会話を盗み見るような真似をするつもりはない。見張りを任せている者達には、報告すべきような問題があった場合以外は、知らせなくてもよいと指示してある。
ラウラはキャロルに信頼を寄せている。その信頼が万が一でも裏切られ、ラウラが傷つくようなことは絶対にあってはならない。見張ることを命じながらも、報告が届かないことをリシャールは願っていた。
しかし、リシャールの思いとは裏腹に報告書は上がって来てしまった。聖女に何かしらの問題があるということか。溜め息をつき、報告書へ視線を落とす。
そこには予測など到底つかないような、驚くべき内容が記されていた。理解出来ない点も散見されるが、話の筋は概ね読み取れる。
ラウラとキャロルは転生者で、このライゼン王国に起こる出来事を未来を含めて知っていた。しかし、彼女達の知る物語とは現時点で違った展開となっているようだ。
リシャールには分かる。それを変えたのはラウラだ。五歳の時のラウラの行動が、国の未来を、リシャールの運命を、大きく変えたのだ。全てはリシャールを悲劇的な未来から救うために。
ラウラと出会うまでの、この世の全てから見放されたような、独りぼっちで孤独だった日々を思い出す。ラウラが動かなければ、恐らく彼女達が知る物語通りの運命がリシャールを待ち構えていたはずだ。
ラウラは驚くほどに努力家で、幼い頃から勉強にダンス、公爵令嬢に必要とは思えない乗馬や、果ては剣術に至るまで、真剣に取り組んだ。ここ四年は熱心に光魔法の腕を磨いている。
ラウラが何を目指しているのか、一体何が彼女をここまで駆り立てさせているのだろうかと、不思議に思ったこともあった。
今ならその理由が痛いほどよく分かる。ラウラはずっとリシャールを守るため、ひとり運命に立ち向かおうと懸命に頑張り続けて来てくれていたのだ。
当時のラウラを突き動かしたのは、きっと正義感だったのだと思う。ラウラが動かなければ、彼女自身の命も危うかったという理由もあるだろう。それでも、これ程の献身を出来る人間がどれだけいるというのだろうか?
初めて出会った日から、リシャールにとってラウラこそが世界の全てだった。一緒にいられることが何より幸せで、それが恋なのだと気づいたのはいつの頃のことだっただろうか。
ラウラは母のように姉のように、いつも包み込んでくれて、それがリシャールの幸せでもあり、小さな不満でもあった。そのラウラに先頃、ようやく想いが届いて、リシャールはただただ浮かれていた。
しかし、いつだって優しく微笑み掛けてくれたラウラが、ここまでの想いと決意を抱えて来たのだということを、リシャールはこれまでずっと知らずに生きて来たのだ。
神の導きで、母であるリアーヌがリシャールとラウラを引き合わせてくれたのだと、幼い頃から父フレドリックに繰り返し聞かされて来た。
物心ついた頃には母もう亡くなっており、肖像画でその姿を眺めることしか出来ない。しかし、目には見えない大いなる力がラウラと出会わせてくれたのだと、リシャールも今は信じられる。
ラウラがこれまでずっと心を尽くしてくれたように、全身全霊をもって彼女に心を尽くしたい。ラウラが運命に抗うというのなら、リシャールも自身の全てを懸けて抗おう。
「灰色の髪の男か……」
リシャールは呟く。灰色の髪の男といえば気になる男がいる。普段は温厚なベリルが唸り声を上げ、警戒心を露わにした相手、魔術師団の副官ベネディクト。
ライゼン王国の魔術師は、研究を主とする魔術師塔の魔術師達と、騎士団と共に王国の防衛を担う魔術師団の魔術師達とで、違った役割を果たしている。ベネディクトは魔術師団長付きの副官だ。
リシャールは補佐官を呼び、ベネディクトの身辺を探るよう指示を出した。グレイスとの繋がりがないかも調べさせる必要がある。
しかし、自身に調査の手が及ぶのをまるで察していたかのように、その時既にベネディクトは行方を眩ませていたのだ。そして、北の塔に幽閉されていたグレイスも同時に姿を消した。




