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恋を知った日



「聖女と随分仲良くなったんだね?」


 王宮へと帰る馬車の中で、リシャールが頬杖をつきながら言う。サイラスはまだ神殿でキャロルの指導中だ。


「ええ、考えてみましたらわたくし、特別に親しい同性の友人は今までおりませんでしたし、なんだか嬉しいのです」


「そっか。ラウラ、良かったね」


 そう、ラウラには同性の友人は多いとは言えない。五歳でリシャールの婚約者となってからは、毎日のようにずっと彼と過ごして来たのだ。


「これからは時折、聖女様に会いに伺おうと思っておりますの」


「じゃあ、俺も同行しようか?」


 リシャールの申し出にラウラは内心慌てる。それは不味い。彼に転生のことは全く話していない。勿論、ゲームのストーリーのことも。何よりあの悲しい結末をリシャールに知られたくない。


「いえっ!あの……聖女様もまだ今の暮らしに慣れていらっしゃいませんし、女性同士のほうが、そう!気兼ねなくお話し出来るのではないかと……」


「へぇ……」


 ラウラが取り繕うように言い募ると、リシャールは少し不機嫌そうな顔をした。なんだかつい最近も似たような流れが……と、そこまで考えて、ラウラはハッとする。


 そう、思い出してしまったのだ。先日のキスのことを。リシャールの前でどんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまうし、キャロルの件もあったので、なるべく考えないようにしていた。


 しかし、一旦思い出してしまうと、途端に心臓が大きな音を立て始める。


「ラウラ、どうしたの?顔が赤いよ?」


 クスッと笑いながら、リシャールの指がラウラの頬に伸ばされ、彼の碧い瞳がラベンダー色の瞳を捉える。


「思い出してくれてたのかな?」


 リシャールの指が頬を撫で、顔の輪郭をするりとなぞって、顎の下に置かれる。長い睫毛が伏せられながら、その端正な顔が近づき、そっと唇が触れた。そして離れたかと思うと、再び重ねられ、それを繰り返して、何度も何度も口づけられる。


「今日はこれで許してあげる」


 艶めいた碧い瞳で悪戯っぽく微笑むリシャールを、ラウラは思考が止まったまま見つめた。顔が、身体が熱い。胸の鼓動もこれ以上ないほどに早鐘を打っている。


 ずっと姉のように思ってリシャールに接して来たつもりのラウラだったが、家族とこんなことが出来るだろうか?心臓をぎゅっと掴まれるような、こんな気持ちになるものだろうか?


 今、全身を支配するこの感情に名前があるのだとしたら、それはきっと恋だ。


 幼い頃からずっと一緒に過ごして来た、誰より守りたかった男の子。幼さが消えて少年となった彼に、いつの間にか、ラウラは恋をしていたのだ。


 心に広がっていく感情が溢れて、瞳からぽろりと零れた涙が頬を伝う。


「ラウラ?どうしたの?嫌だった?」


 ラウラの涙に驚いたリシャールが慌てて言う。言葉を発することが出来ずに、ラウラはかぶりを振るだけだ。


「ごめんね。俺はただ、ラウラのことが好きなだけなんだ」


 リシャールの言葉を聞いて、胸がいっぱいになって、ラウラは嗚咽混じりに口を開く。


「……恋を」


「え?」


「リシャール様に、恋をしているのだと思ったのです……」


「ラウラ……?本当に……?」


 少し掠れた声を微かに震わせて、リシャールが尋ね、しゃくり上げながらも、ラウラは頷く。ぽろぽろと零れ続ける涙を、リシャールがハンカチで優しく拭ってくれる。


「出会った時からずっと、俺にはラウラだけだよ」


 リシャールがそっとラウラを抱きしめ、背に流れる波打つ淡い金髪を撫でる。


「これからもずっと、ラウラだけを愛してる」


 泣きじゃくるラウラを宥めながら、リシャールは抱きしめる腕に力を込め、更にぎゅっと抱きしめてくれたのだった。



 結局、王宮へ戻っていたのを変更して、マーベリック公爵邸へと送り届けてもらうことになったラウラであったが、屋敷に戻った頃には瞼がすっかり腫れ上がってしまっていて、母フローリアを慌てさせた。


「まあ!ラウラちゃん、何かあったの?大丈夫?」


 母が心配そうにラウラの顔を覗き込む。


「わたくし、リシャール様のことをお慕いしているのだって気づいて」


「そうだったのね。ラウラちゃんにも恋をする日がやって来たのね」


 侍女達が持って来てくれた、冷やした手拭をラウラの腫れた瞼に当てながら、柔らかに母は微笑む。


「ラウラちゃんはとっても素敵な女の子ですもの、大丈夫よ。それにいつだってお母様達がついていますからね」


「ありがとうございます、お母様」


「でも、リシャール殿下なら心配いらないわね。寧ろ大喜びで婚期を早めて来そうなくらいだわ。それでも学園卒業までは待って頂かないとね」


「フフッ、お母様ったら」


 ラウラは母と顔を見合わせて、微笑み合ったのであった。


 

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