前世の記憶
こちらには初めて投稿させて頂きます。宜しくお願いします!
ラウラが前世の記憶を思い出したのは三歳の頃だった。高熱を出し一週間寝込んだ時のことだ。
ラウラは夢を見ていた。いやこれは夢なのだろうか……?違う、過去の記憶だと直感的に思った。全く別の世界で平凡な家庭の子供として生まれ育ち、ありふれた毎日を送っていた、そんな頃の記憶だ。
口数は少ないけれど穏やかで優しい父と、いつも朗らかでポジティブな母、時々意地悪を言うけれど、いざというときは頼りになる兄。でも大学生として過ごしていたある日の帰り道に、恐らく前世のラウラの人生は終わってしまったのだと思う。
突然のことだった。横断歩道を渡っている小さな男の子が視界に入り、遠くから猛スピードの大型トラックが近づいて来たのを見て、悲鳴を上げながら、咄嗟に小さな背中を追い掛けて……とにかく必死だった。
手を伸ばして男の子の手を取ると、歩道へと突き飛ばし、でももうその時にはトラックは目前に迫っていて、逃げる余地などありはしなかった。恐怖にぎゅっと目を閉じたのが最後の記憶だ。
きっと前世のラウラはあのまま死んでしまったのだろう。平凡で平和な毎日が、当たり前に続いて行くのだと思っていた。でもそんな日々がとても幸せなものだったのだということに、こうなってみて初めて気づく。家族は泣いているのだろうか……。
(お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ごめんね……)
涙が止めどなく溢れ、ラウラの目尻を伝った。その涙を誰かの温かくて細い指が優しく拭ってくれている。
「大丈夫よ、きっと良くなるわ」
綺麗で優しい声だ。ラウラの大好きな人の声……。労るように優しくラウラの頭を撫でてくれている。
(目を開けなきゃ……もう二度と大切な人達を泣かせたくない……)
睫毛を震わせゆっくりと目を開ける。まだ視界はぼんやりとしていたけれど、心配げにラウラを見つめる淡い金髪の儚げで美しい女性の姿が目に映った。
「お母様……」
「ラウラちゃん!目が覚めたのね!ナンシー、お水を。エマ、急いで先生をお呼びして!」
ラウラの母フローリアが、優しくラウラの小さな身体を抱き起こして支えてくれる。きっと付きっきりで傍にいて看病してくれていたのだろう。綺麗な薄紫色の目の下には薄っすらと隈が出来ていて、どんなに心配させてしまったのかと思うと胸が痛んだ。
マーベリック公爵の娘として生まれたラウラは、身体があまり丈夫なほうではない。命に関わるような深刻な持病があるわけではないようだが、こうして度々熱を出し、寝込んだりしては家族に心配をかけていた。
でも、前世を思い出したラウラは決意する。たった二十歳で終わってしまった前の人生……。もっと色々な経験がしてみたかった。恋愛だってして、大学を卒業したらやり甲斐のある仕事をして、いつか心から想う人と結婚だってしてみたかった。
だから今生では決してこんな風に後悔をしたくはない。様々な経験を積んで、毎日を大切にしながら、一生懸命生きてみよう。
それにはまず、丈夫な身体を手に入れることが必須だ。人間何といっても身体が資本!そして願わくば長生きをして、今生こそ人生を思う存分楽しむんだ!
こうして公爵令嬢ラウラ・マーベリックの新たな人生がここから始まったのである。