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後日談

本編終了後、いくらか時間が経った後の話になります。

本編ではあんまりほのぼのさせられなかったので、シンプルにいちゃつかせました。

 テュシア王国の王都カロスは、一年中穏やかな気候で有名である。その日も、真上に澄んだ青空が広がり、心地のいい風が吹いていた。季節は初夏にさしかかり、草木も豊かに繁っている。

 そんな鮮やかな色彩の中、ひときわ目立つ容姿ようしの男がいた。

 陽光に照らされて鈍く光る白銀の髪。琥珀色の瞳の周囲はすみを流し込んだように黒く、さらにはすさまじい目つきの悪さだった。初対面の人間はほとんど例外なく悲鳴を上げるだろう。

 彼がこの国の第二王子、ヴァリス・テュシアだと知っている人間は少ない。ほとんど外に出ることもなかった彼は、青白い肌を陽光の下にさらしていた。


「おい、ルゥルゥ」


 不機嫌さを隠しもせず、彼は目の前に座る女を見た。彼女こそが、初対面で自分の瞳を見ても驚かなかった唯一の「例外」であることを、彼は既に知っている。


「お前が突然出かけるとかいうから大人しくついてきたが、これはなんだよ」


 彼とは対称的に、鼻歌まじりでせっせと動いていた少女――ルゥルゥは、きょとんと手を止めた。藍色の髪が揺れ、新緑しんりょくの瞳がぱちぱちと瞬く。

 うららかな春のような少女と、陰鬱いんうつな絵画のような男だった。色味も雰囲気も真逆の彼らは、何故か野原のど真ん中に座っている。


「何って……ヴァリス様にも最初に説明したじゃありませんか。ピクニックに行きましょうって」


 彼女の手元にあるのは、植物で編まれたバスケットと、その中にぎっしりと詰まったサンドイッチだ。


「いや、全然分からん」

「なぜですか。分かったとおっしゃってついてきてくれたではないですか」

「お前が『行きたいところがあるんです』とか言うから、分かったと言っただけだろ」

「行き先を聞く前に頷いてくださって嬉しいです。私もヴァリス様が好きですよ」

「会話に脈絡がなさすぎる……」


 にこにこと答えたルゥルゥとは違って、ヴァリスは目を閉じて額を押さえた。


「……ひとつずつ聞く。なんでピクニックなんだ」


 ルゥルゥは頬をふくらませ、憤然ふんぜんと答えた。


「だってヴァリス様、王宮から出たことがほとんどないのでしょう?」


 それは、彼が呪われた「悪魔憑き」であり、かつてはあふれる破壊衝動を抑えられずにいたからだ。

 だが、今は違う。

 まじない渡りであるルゥルゥがいる限り、もう二度と、彼は人を傷つけなくて済む。


「王宮以外の場所を知らないなんてもったいないですよ。ヴァリス様はただでさえ日を浴びてなくて不健康なんですから。ね、ヨル」


 なあご、という声が手元から聞こえる。丘の上でごろりと寝そべり、太陽の光を堪能している黒猫の顎を、ルゥルゥは優しく撫でた。

 ちなみに、二人の周りには他にも多くの獣たちが日なたぼっこをしている。大型犬から小動物まで、夜行性でないルゥルゥの「家族」たちはほとんどそこに転がっているのだ。


 完全にリラックスしている獣たちを半眼はんがんで見つめながら、ヴァリスが嘆息たんそくする。


「余計な世話を……つーか、俺の外出許可なんていつの間に取った」


 何を当たり前のことを言うのだろうとルゥルゥは思った。


「アルクトス様に許可をいただきました! 直談判で」

「何やってんだてめえ」


 気だるげに座り込んでいた彼が、急にばねのように動いた。反応する暇もなく腕を掴まれ、肩や二の腕、手首を丁寧に見聞けんぶんされる。


「あの、ヴァリス様?」

「お前あいつに腕切り落とされそうになったの忘れてんのか。頭どうなってる?」


 ただでさえ悪い目つきが、「悪い」を通り越して凶悪レベルになっていた。人を今から殺してきますと言わんばかりだ。

 このままだと、実の兄でもあるはずのアルクトスを殺しに行きそうなので、あながち間違ってはいないのかもしれない。


「大丈夫でしたよ。アイシャも連れていきましたし」

「あいつを? まあ、下手な護衛よかマシだが……いくら狂犬だのなんだの呼ばれてるからって、女一人だろ。数で押し切られたらどうするつもりだった」


 ルゥルゥは安心させるように胸をぽんと叩いた。


「ヨルもナツもソラも連れていきました!」

「そ……いや、ならまあ……まだ良いか……」


 ヴァリスは、野原にごろりと寝そべる獣たちをなんとも言えない顔で見つめた。彼は実際にヨルと戦ったことがある。ルゥルゥの家族たる彼らの強さは人一倍知っているはずだ。

 ルゥルゥの体に傷がないことも確かめ、彼は深く息を吐いた。握った手は離さないまま、地を這うような声で言う。


「だからってお前、心臓に悪いことしてんじゃねえよ……お前がいなくなったら今度こそ国滅ぼすぞ、俺は」


 冗談だとしても笑えないようなことを言い始めた。だが、それが冗談ではないと分かっているので、ルゥルゥは真剣な顔で頷く。


「勝手に殿下のところに行ったのはごめんなさい。でも、ヴァリス様を連れていったら、ヴァリス様は外出許可なんていらないって言うでしょう?」


 ヴァリスは怪訝な顔をした。ルゥルゥは微笑んで告げる。


「ヴァリス様は優しいですから、外出許可の代わりに私が何かされるんじゃないかって思ったら、外になんか出られなくていいって言うでしょう?」

「……」

「それは私が嫌でした。私が、ヴァリス様とピクニックに行きたかったんです」


 本心から告げ、琥珀色の瞳をまっすぐに見据みふえた。ヴァリスも目を逸らさない。ルゥルゥの言葉を、一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくを、確かめるように眺めている。

 悪魔憑きと恐れられ、ほとんどの人間から目を逸らされ続けてきた彼は、自分から誰かの目を見ることをあまりしない。けれど、ルゥルゥが見ているときだけは、彼も目を合わせてくれる。

 それが、ずっと嬉しかった。

 これから先も、きっと嬉しいだろう。


 沈黙を切ったのはヴァリスだった。


「こんなつまんねえ男連れ出して、何が楽しいんだよ……お前の望むようなこと、なんもしてやれねえぞ、俺は」


 何を言われたのかよく分からず、ルゥルゥは大きく瞳をまたたかせた。


「ヴァリス様が今日も一緒にいてくれて、これから私の作ったご飯を食べてくれるのに、それ以上に何を求めたらいいのですか?」


 彼がぱっと目を見開く。


「待て、これお前が作ったのか?」


 サンドイッチの束を指さされ、ルゥルゥは小首をかしげて頷く。


「はい、いっぱい作りました。色んなお味ありますよ。あ、もしかしてサンドイッチは苦手でしたか? 食べやすいものをと思ったのですが、苦手でしたら無理せず……」

「馬鹿か。逆だ逆」

「逆……?」

「お前その肝心なところでかんが鈍くなるの本当にやめろ」


 やたら早口で言うなり、彼は「ん」と手を差し出す。


「ルゥルゥが作ったんだろ。よこせ。食う」

「……いいんですか? ピクニック、嫌じゃないですか?」

「お前がいるなら別に、どこにいたって嫌じゃねえよ」


 ヴァリスはハッキリと言った。自分で言っておいて気恥ずかしくなったのか、わずかに目を伏せる。


「お前が作ったもんなら、毒味も必要ねえし」

「……ヴァリス様」

「あ?」

「好きです」


 気づけばぽろりと言葉が落ちていて、はっと口を押さえる。しまった、本音が理性を超えた。

 しかしヴァリスはじっとルゥルゥを見つめると、不意にまなじりを緩めた。


「知ってるよ。俺はお前のくさびなんだろ」


 彼がそこに触れてくれるとは思わず、ルゥルゥはぽかんと口を開ける。


「……はい」

「お前の楔がお前の作ったもんを所望してんだから、よこせ」

「は、はい」


 そっと渡したサンドイッチに、彼は豪快にかぶりついた。一口が異様に大きい。

 もっもっと頬を膨らませて食べるさまが可愛くて、ルゥルゥはこぼれるように笑う。


 ヴァリスはこちらをじっと見つめながら、やはり怪訝な顔をしていた。ほとんど二口ふたくち程度でサンドイッチを食べ、指を舐める。粗雑な動きのはずなのに、どこか品があるのが不思議だった。


「美味い」

「まだありますよ。お肉入ってるやつ食べますか?」

「食う」


 即答だった。心なしか、目が輝いているような気もする。

 流れるように次の一切れを受け取った彼の口に、サンドイッチの半分が消えていく。


「これも美味い。ルゥルゥ、料理できたのか」

「一通りは。元々、呪い渡りは放浪の一族ですから、母に色々と教えてもらいました。野宿もできますよ」

「そりゃもう貴族じゃねえな」


 ははっ、とヴァリスが少年のように笑う。


「まあ、確かに、お前とこうやって外に出るのも悪かねえかもな。お前の飯、美味いし」

「本当ですか? 好きなものを教えていただければ、王宮でも作りますよ。離宮でぼんやり過ごすのも暇ですし」

「そうだな……」


 そのとき、ヴァリスが不意に食べる手を止めた。視線がすべるように動いて、ルゥルゥの肩口を見つめる。


「そういやお前、もう大丈夫なのか」

「何がですか?」

「……肩だよ。怪我したろ」


 やや声をひそめて、彼が言う。なんのことを言っているのか分かって、ルゥルゥは思わず目を丸めた。

 つい先日、アルクトスに操られたナギによって、ルゥルゥは肩を怪我している。直後に不可思議な空間に落とされ、その際に怪我自体は治っているが、結局傷跡は残ってしまった。


「もう痛くはないですよ? 傷は治っていますし……あ、後遺症とかもないですし!」

「そうじゃねえよ。お前、未婚の令嬢なんだから少しは気にしろ……あと、消えねえんだろ」


 ルゥルゥはきょとんと首を傾げた。それこそ、なんの問題があるのか分からない。


「ヴァリス様が私をもらってくれるのですよね?」


 途端、彼はびたっと動きを止めた。口の端から、パンの切れ端がぽろりと落ちる。


「あ、でも、ヴァリス様も流石に傷だらけの体は嫌でしょうか?」

「は?」

「私は呪い渡りですから。もちろん今後も、助けを求められれば呪われた人への対処もします。でも、なるべく目立つ場所に傷を作らないよう頑張って……」

「やめろ、いい」


 ヴァリスがぐいとルゥルゥの手を引く。思わず姿勢を崩しかけた体を、彼が支えた。そのまま肩と腰を掴まれ、彼の隣にすとんと座らされる。琥珀の瞳がこちらを見下ろしていた。


「そんなこと考えなくていい。お前が人生捧げてこなしてる仕事の最中に、余計なこと考えんな」

「でも」

「いいっつってんだろ。傷程度で俺がお前を嫌がるように見えんのか」


 ルゥルゥは咄嗟に首を横に振った。そんなわけがない。ヴァリスがそんな不誠実な人間だとは思わない。何せ己が選んだ楔なのだ。

 即答に近かったからか、ヴァリスは満足げに頬を緩めた。しかし、ふと真剣な顔になる。


「でもまあ普通に考えて、お前が怪我すんのは嫌だな。気をつけろよ。暴れる患者がいたら俺を呼べ」


 するすると頬を撫でられ、くすぐったさに目を細める。


「い、嫌なのですか」

「嫌に決まってんだろ。お前、だいぶ自分の怪我に頓着とんちゃくねえよな」

「それはヴァリス様だってそうでしょう」


 この人は、今までされてきた仕打ちのひどさに反して、己の傷にやや鈍感なところがある。というより、自分が傷つくことに慣れきってしまっているのだろう。本当に良くないとルゥルゥは思う。


「ヴァリス様も、自分を大事にしてくださいね」


 彼は顔をしかめて、ややそっぽを向く。


「別に、そういうのはいい」

「よくありません! 私のことを大事にするというなら、私と同じくらい、自分のことも大事にしていただかなくては!」

「お前はなんでそんな過保護なんだよ……」


 過保護とかそういう問題ではないのだが、いまいち伝わっていないらしい。眉を釣り上げたルゥルゥに対して、ヴァリスは困ったようにその髪を撫でた。


「気色悪いだろ、お前にするみたいに俺を大事にするのは」


 心底意味が分からないとでも言いたげだ。ルゥルゥは不満もあらわに言いつのる。


「ヴァリス様、大事にされたことがなさすぎて、自分を大事にするのはド下手くそになっていませんか?」

「おいなんで急に刺した」

「であれば、私がヴァリス様のぶんまで、ヴァリス様を大事にします。それで平等でしょう。あなたは愛されるべきでしたし、私の好きな人ですから」


 怯んだように息を飲み、ヴァリスは呆れと照れがい交ぜになった顔をした。


「お前、よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるよな……」

「恥ずかしくはないですからね」


 この先、自分の夫になる人物を愛して何が悪いのだろうと思う。貴族は基本的に政略結婚をするものだが、相手を愛せるかどうかは相性次第だと聞く。であるならば、ルゥルゥは非常に運がいい。


「私はヴァリス様を楔に選びました。ヴァリス様も、私を妻にするとおっしゃった。自らの楔に、同じように自分を選んでもらえることが、どれほどの幸運か……大事にするのは当たり前のことです」


 ルゥルゥにとって、これは自分の望みであり、正当な対価だった。何せルゥルゥは、彼が自分を鎮石しずめいしと見なしたことが本当に嬉しかったのだ。

 彼を楔にさせてもらえたことも、彼が己の中の悪魔を鎮める石としてルゥルゥを選んだことも、同じくらい嬉しかった。であれば、その喜びを全霊ぜんれいで伝えなければ嘘だ。


 ヴァリスは、愛を与えられるより先に、心に毒を流し込まれて育った人だ。命と心を天秤にかけられて、心を打ち捨てられた人だ。

 それが愛ゆえのおこないだったとしても、そのおかげでルゥルゥと会えたのだとしても、命を人質に取られて心を踏みつけにされたことが、良かったなどとは到底とうてい思えない。


 ルゥルゥはずっと許していない。ヴァリスが諦めた心を、痛みを、ルゥルゥだけはずっと抱えて、傷つけられた事実を許さないまま生きていく。

 その怒りが、いつか彼を救うと信じて。


「お前にとって、俺を大事にするのは普通か」

「普通です。呪い渡りは、大事にしたいと思ったものを己で決めて楔にするのですから」

「……そりゃまた、ありがたいことだな」

「ヴァリス様だって、私を鎮石だと思ってらっしゃるのでしょう? 大事にしたいと思ったものを、己で決めているではないですか。嬉しいですよ、私は」


 彼ははっきりと目を見張った。難しい顔をして、ルゥルゥの頭を抱えるように引き寄せる。


「それで国一つ滅ぼしかけてたら世話ないだろ」

「愛が大きくて嬉しいですね」

「お前、一回黙れもう」


 言って、彼はサンドイッチを再び手に取って頬張る。見上げる先、その耳がわずかに赤い。

 笑みが零れそうになりながらも耐える。抱えられた頭から伝わる温かさが、離れてしまうのは惜しかった。

 春から夏へと移りゆく季節。暖かな空気が丘を満たしている。ヴァリスに支えられているからか、この陽気のせいか、うとうとと眠くなる時間だった。


 ヴァリスも特に咎めはしない。時折ときおり、自身に視線が注がれるのを感じながら、ルゥルゥはそのまま微睡まどろみに身をゆだねていく。

 

 だがそのとき、ヴァリスの腕が急にぴくりと動いた。


「おい、ルゥルゥ、起きろ」


 低い声にわずかな焦りと動揺を感じ、ルゥルゥはぱちっと目を開ける。瞬間、覚えのある空気が頬を撫で、脳が覚醒した。しゃっきりと背筋を伸ばす。

 この、肌が粟立あわだつような感覚は。

 咄嗟に見上げた先、ヴァリスも真剣な顔で、眉間にしわを寄せている。


「分かるか、ルゥルゥ」

「はい、ヴァリス様。『じゅ』の気配がいたします」

「ああ……あれだ」


 彼が指さした先、丘の近くにある森の中に、ゆらりと動く影がある。

 それは陽炎のごとくゆらめきながら、二人の元へ姿を現した。


 ぐるぐると喉を鳴らして威嚇するそれは、元は金に輝いていたのだろう毛並みをどす黒く染めていた。猫のごとき双眸そうぼうはぎらぎらと敵意にまみれ、獲物を探してぎょろりと動く。

 牙が異様に長いうえ、鋭くがれた剣のごとくとがっている。野生とはいえ有り得ない風貌ふうぼうだった。

 ルゥルゥはすぐさまピンと来た。あれは、呪に侵された獅子だ。


 ヴァリスが顔をしかめてルゥルゥを見る。


「おいルゥルゥ、正直に言え」

「はい」

「お前、ここにあれが出ることを知ってたか?」


 ぱち、と瞬く。彼が何を言いたいのかをすぐに察した。呪に侵された獣が出るほど危険な場所ならば、ルゥルゥが知らぬはずはない、という信頼である。

 思い当たることが一つあり、ルゥルゥは眉を下げる。


「申し訳ありません、忘れていました。実は、アルクトス様が……」

「は? 兄貴がどうした」

「ええと……」


 首をひねりつつ記憶をさらう。アルクトスとは、外出許可を出してもらうついでに少し話したのだが、その際に「条件」を出されたのだ。今の今まですっかり忘れていた。


「このあたりは『じゅ』が染み出しやすい土地で、混ざりリモノが出るかもしれないから、ついでに様子を見てきてほしい、みたいな話をされました」

「お前、そりゃついでに魔獣駆除しとけって言われてんだよ! ていよく使われてんじゃねえ!」


 鋭く叫ぶと、ヴァリスは虚空に向かって大きく口を開いた。


「ナギ! どうせどっかから見てんだろ! 来い!」

「はい、ここに」


 瞬間、二人の背後から影がさした。咄嗟に後ろを振り向いた先にいたのは、腰に東洋の武器をいた青年、ナギである。

 護衛の中にはいなかったように思うが、どうやらついてきていたらしい。彼はヴァリスの懐刀だ。おそらく奇襲に備えて姿を消していたのだろう。


 すぐさまルゥルゥも声を張った。


「アイシャ! いますか!」

「いるよ、お嬢」


 これまた気配もなく現れたのは、一人の屈強な女だった。元傭兵で、今はルゥルゥの護衛をしている狂犬、アイシャである。得物であるダガーをくるりと手の中で回し、彼女はひゅうと口笛を吹いた。


「こりゃまた、ていよく扱われたね、お嬢。だからあたしは嫌だったんだよ。あの男、自分以外は全員、上手く使えば利益りえきが出る手足だとしか思ってないだろ」


 それはアルクトスのことを言っているのだろうか……

 一応、名前は出さない配慮はしているが、誰かに聞かれたら不敬罪で首をはねられかねない。アイシャはもともと貴族があまり好きではないが、アルクトスのことは輪をかけて嫌っているふしがある。彼が、ルゥルゥを平気で傷つけようとしたことを許していないのだ。

 ヴァリスが「はっ」と鼻で笑った。


しゃくだがてめえと同じ意見だよ、狂犬。兄貴は王の器すぎて、他がだいぶイカれてやがる」

「ヴァリス様、ほどほどにしてくださいね……」


 彼は彼で配慮など彼方かなたに投げ捨てている。ルゥルゥは困って眉を下げた。兄弟喧嘩が兄弟喧嘩ですまないのが王族というものだ。


「あの人はちょっと、心の強度が高すぎるだけだと思いますけどね……」

「一番の被害者が一番のんきなのはなんでだよ、おかしいだろ」

「そうだよお嬢。骨の一本でも折ってやりゃ良かったんだ」

「死んでしまいますよ、私が……」


 というか、骨なら既にヴァリスが一本折っている。


 彼は有言実行の男なので、あのあと、本当に兄の元へ乗り込んで骨を折ってしまったのだ。止める暇もなかった。解呪師のはからいで、呪いを扱う訓練ということにはされたものの、ルゥルゥは生きた心地がしなかった。


「兄貴なら骨の一本や二本、命取られるより安いと思ってるだろうよ。実際、俺が折ったときも大して気にしてなかったろ」

「そういう問題では……」


 ヴオオォォォオオオオンッ!!


 ルゥルゥが口を挟んだところで、混ざりモノの咆哮ほうこうがその場に轟く。瞳が完全にこちらを向いている。

 ナギがすらりと刀を抜いた。


「皆さん、後にしましょう。死にます」


 端的な予言に全員顔を見合わせ、その通りだと頷いた。従者二人は武器を構え、ヴァリスは嘆息した後にふと、目を閉じる。


「影なら青く、夜にうそぶけ……」


 彼が朗々《ろうろう》と唱えた瞬間、その額に黒々としたあざが浮かび上がる。

 その痣がぼこりと盛り上がり、周囲の皮膚が波打った。奇妙な現象に、しかしルゥルゥは瞳孔を開かせながらじっと彼の額を見る。


「この身はお前の血の刃!」


 かっとヴァリスが目を開いたときには、その額には円錐状えんすいじょうの角が出現していた。ルゥルゥとの口付けによって悪魔を身の内に押さえ込んでからというもの、ヴァリスは少しずつ、その身に巣食すくう呪いの力を制御できるようになり始めている。


「ヨル、ナツ、ソラ」

 

 唄うように告げた名前に、獣たちがむくりと起き上がって少女の傍にはべった。ルゥルゥの家族の中でも、その戦闘能力に最も信頼を置いている獣たちである。


「ヴァリス様、体に異常はありませんか?」

「ああ。この状態で戦うのは久々だから、どうなるか分からんけどな」


 ぐっぱぐっぱと握ったり開いたりする手の、爪が徐々に鋭くなっていく。どこまで変異できるのか見定めているのだろう。


「問題ありません、ヴァリス様が暴走したときは、私がなんとかしますので」


 ぽんと胸を叩くと、ヴァリスがふっと口元を緩める。


「任せた」


 端的な言葉に何より信頼が詰まっている。ルゥルゥも、花がほころぶように笑った。


「日が暮れるまでには仕留めるぞ」

「はい。あの子も私の家族にします」

「……ルゥルゥ、お前はその見境のなさをなんとかしろよ」


 きょとんと彼を見上げる。呪に侵された獣たちには罪がないのだから、家族にしたってなんら問題はないはずである。

 ヴァリスは呆れたように肩をすくめていたが、結局その晩、王宮に戻った彼らの後ろには、大型犬が一匹増えていたという。

ここまで読んでくださった方々、丁寧に感想をくださった方、本当にありがとうございます!楽しかったので力の限りいちゃつかせました。なんかヴァリスが思った以上に可愛くなってしまいましたが、多分これくらい甘いのが素です。


またここからはお知らせです!

先日から新たに連載開始していた「死神辺境伯との冥婚 傾国王女は二度死ぬ」が完結いたしました!この小説と同じく、西洋風ファンタジー恋愛ものになっていますので、気になる方はどうぞ読んでみてください!

冒頭2話で主人公が死にますがちゃんとハッピーエンドになります。もうこの時点で意味が分からないかもしれませんが、本当にちゃんとハッピーエンドになるので……!


「死神辺境伯との冥婚 傾国王女は二度死ぬ」

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