092.二条院讃岐 「わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし」
はーい、じゃあ次は二条院讃岐さーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
アナタは二条院讃岐っていうのね。
この讃岐っていうのは名前じゃないわよね。
もしかして、毎日うどんばっかり食べてるせいで周りからそう呼ばれてるんじゃないでしょうね?
だとしたらアナタ、実は周りの人から馬鹿にされてるんだと思うわ。
たまには蕎麦も食べた方がいいわね。
でもあんまり蕎麦を食べ過ぎて、今度は信州とか深大寺とか呼ばれることになってもアタシは知らないわよ。
ところで、アナタのお父さんの名前はなんていうの?
え? 源頼政なんだ。
……って、誰それ。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし
なぁに、これ。
まーた、袖が乾かないって歌ね。
もう「袖が濡れた」とか「袖が乾かない」とか、同じ表現ばっかりでうんざりだわ。
それならまだストレートに「涙にくれる」とか「瞳を濡らす」とかの方がアタシは好きだわ。
しかも、いつも袖が濡れてるとか、袖が乾く間もなしとか、おかしいでしょーよ。
オマエたちの袖は犬の鼻かよー。
それとも河童の皿か?
乾くと死んじゃうの?
ならもう死んじゃえよ、面倒臭ぇーなー。
つか、もう半袖にしちゃえよー。
それか思い切ってノースリーブでも着てりゃいいだろ、こんなの。
とにかく、濡れた袖のまま、あちこち歩きまわるのだけは止めて欲しいわね。
せめてコマメに着替えてちょうだい。
前にも書いたけど、こんなのただハンカチを持ち歩けば済むだけの話なのにね。
どうしてアンタ達にはそういう発想が無いのかしら。
そう言えば「ハンカチ王子」なんて呼ばれて、もてはやされた高校球児がいたわよね。
おとぎ話の王子様なら憧れちゃうけどさ、リアルで王子と呼ばれる人なんて、アタシだったらインチキ臭さしか感じないけどね。
最近だと青汁王子なんかが有名かしら。
やっぱりどこかインチキ臭い感じがするわね。(インチキとは言ってないわよ、念のため)
……って、青汁王子なんて、ちっとも最近じゃないわね。
脳内時計が止まりかけているせいか、もうアタシは昔と最近の区別すらつかなくなってるわ。
もっと前だと、たしか及川光博が自分で自分の職業を「王子様」って言ってたわ。
そんな事を自分の口から言うなんて、普通はナルシストをこじらせたようにしか思えないんだけど、この人の場合は自分でそう言うだけのことはあって、顔立ちが整ってるからね。
正直、羨ましいなって思うわね。
ちなみにアタシが若いころ、自分の顔を好きに変えていいって言われたら、一番なりたい顔は高橋克典だったわね。
え? そんなこと聞いてない?
あ、そう。
ところで、ハンカチを持つ習慣っていつ頃から始まったのかしらね。
アナタみたいな歌がいくつかあるのを見ると、百人一首が詠まれた時代には、まだ誰もハンカチを持ち歩いてなかったことは確かだと思うけどさ。
ハンカチを持つ習慣が無いってことは、きっとトイレの後に手を洗う習慣も無かったってことよね。
あれ? 石鹸とかも無いんだっけ?
もちろん制汗スプレーも香水も消臭剤も芳香剤も無いわよね。
アタシは百人一首の歌人って聞くと何となく優雅なイメージを持っちゃってるんだけど、本当はそうでもなくて、もしかすると不潔で汗臭い人達ばっかりなのかも知れないわね。
あれ、また話が逸れちゃった。
「わが袖は」は「私の袖は」ってことね。
「潮干にみえぬ 沖の石の」ってのは何?
え? 「潮干」は、引き潮のことなのね。
潮干狩りの潮干ってことね。
じゃあ「引き潮で見えない沖の石の」ってことかしら。
「人こそ知らね」は「こそ〜ね」は係り結びだから、「人は知らない」でいいわよね。
「乾く間もなし」はそのままの意味ね。
じゃあまとめると、アナタが言ってることは、
「私の袖は、引き潮でも見えない沖の石みたいに、人は知らないけど乾く間も無い 」
って感じかしら。
つまり「人知れず私はずっと泣いてます」って言いたいのね?
はい、ダウト。
じゃあアナタの袖をいまアタシに見せてごらんなさいよ。
ちょっと手を出してみてちょーだい。
ほらー。
やっぱり全然濡れてないじゃないのー。
つーか、カッサカサのパッサパサだわ。
アンタの袖は乾燥海苔かよ。
なーにが乾く間もなし、よ。
乾かないのはアンタの舌の根だっつーの。
ウソばっかりついてるから、そういうことになるのよ。
しっかり反省してちょうだいね。
あ、今さら水で濡らしたって遅いわよ?
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし
ハンカチ忘れて ズボンで手を拭く




