009.小野小町 「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
はーい、じゃあ次は小野小町さーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
そういえばアナタの名前、「おののこまち」って言うのね。
何だか「の」がひとつ余計な気がするけど。
おのののか、みたいなものかしら。
確かそんな芸能人がいたわよね、今はちっとも見かけないけど。
こんなの見てたら、目がチカチカするわね。
アタシも老眼かしら。
年齢は取りたくないわよねー。
え? 小町は名前じゃありません?
じゃあ偽名ってことね。
一応、アナタのお父さんの名前を聞いていいかしら?
え? よく分からない?
なんでこのクラスは、そういう子ばっかりなのよー。
ここは孤児院かよ。
あれ?
でもアナタ、よく見たら相当な美少女だわね。
渋谷を歩いててスカウトされたりしない?
けど、知らない男の人にホイホイ付いていっちゃダメだからね。
いろんな棒に突っつかれて、すぐに穴だらけにされちゃうわよ?
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
あら、何よこれ。
何だかババア臭い歌だわね。
アナタはまだ若いんだから、年をとって悩んでいる歌なんて詠まなくていいのよ。
もしかして、アタシに対するアテつけかしら?
え? 先生はブスだから気にしなくていいですって?
可愛い顔してキツいこと言うわね。
東京湾に沈めちゃおうかしら。
え? あ、こっちの話だから。
「花の色」ってもしかして、女の色気のことを言ってるの?
可愛い顔して、いっつもエッチな事ばかり考えているんでしょ。
いやらしい雌ガキね。
電気ドリルでガバガバにして、使い物にならなくしてやろうかしら。
え? だからアタシ、何も言ってないってば。
なるほどね……、「花の色は うつりにけりな」っていうのは、
「だんだん年を取って色気も美貌も衰えた」ってことなのね。
でも女を花に例えるなんて、ちょっと安直じゃないかしら?
もっと攻めてみた方がいいわよ。
なんてったってアナタはアイドル並に可愛いし、まだ若いんだから。
若い頃は少々無茶をするぐらいが丁度いいのよ?
若い頃はお茶なんか無くたって平気でしょ?
だから無茶でもなんでもすればいいの。
でもアタシくらいの年齢になると、お茶が無いと落ち着かないのよね。
そうねぇ、たとえば女をカレーに例えてみたらどうかしら。
ちょっとスパイスが効いてて、なかなか刺激的じゃない?
カレーだけに。
でもカレーだって、時間が経てばだんだん変色してくるし、どんどん醜くなっていくものよ。
アナタ、カレーをずーっと放置したところを見たことある?
アタシはあるわ。
中学生の時に、どこかの空き家で見たのよ。
何色だったか当ててみてごらんなさい?
絶対当たらないと思うけど。
え? こげ茶色?
ブブー。違いまーす。
え? 黒? 黄色? 紫?
ブブー。ぜんぜん違いまーす。
正解は……ピンクでしたー。
ちょっとビックリじゃない?
でもこれ、本当の話だから。
ウソだと思うなら、試しにカレーを入れたままの鍋をずーっと物置かどこかに放置してみるといいわ。
きっと最終的にはピンク色に変色してくれるはずよ。
え? 何の話をしてるのって?
女をカレーに例えた話でしょ。
ちゃんと聞いてなさいよ。
このいやらしい雌ガキが。
え? なぁに?
アタシが生徒の悪口なんて言うわけないじゃない。
もー、若いんだからしっかりしてよ。
まぁ、「花の色は うつりにけりな」でも、別に悪くはないんだけどね。
……っていうか、よく見たらアナタもキック系じゃない!?
放課後に、同じキック系の中納言家持くんとイチャイチャしてたりしないわよね?
彼は止めておいた方がいいわよ。
彼、ロマンチックなセリフを囁いては、とっかえひっかえ女の子を家にお持ち帰りしてるんですって。
お金や持ち家に釣られて付き合うと、あとで痛い目を見るわよ。
え? そんなことを言っているのは先生だけですって?
失礼しちゃうわね。
やっぱり沈めるなら相模湾にしようかしら。
ところで「いたづらに」ってのは何?
誰か男の人に、あんな事とかこんな事とか、いたずらされちゃったってこと?
もしかして、もうとっくにガバガバだったりするの?
なんだかアナタの事が心配になってきたわ。
そういえば、小野小町は男にモテまくりだって、さっき誰かが言ってたわよ?
美人すぎるのも反感を買って大変ね。
え? 「いたづらに」ってのは「むだに」とか「むなしく」ってことなの?
なぁんだ、いたづらに心配しちゃったじゃない。
なんてね。
「わが身世にふる」って何?
「わが身」が自分自身ってことは分かるわよ。
でも「世にふる」ってどういう意味?
え? 「ふる」は「時が経つ」って意味で、「わが身世にふる」は「自分自身がこの世で時を過ごす」ってことなの?
つまり年齢を取るってことね。
で、「ながめ」は「眺め」で「ぼんやりと物思いにふけること」を指してるのね。
え? 他にも「ふる」には雨が降る意味もあって、「ながめ」は「長雨」の意味もあるから、(わが身世に)ふる ながめ(せしまに)で、長雨が降るって意味も含んでいるの?
えーっ?
ちょっと考え過ぎじゃない? それ。
べつに雨が降らなくたって、花は萎れていくでしょ。
っていうか、雨が降らない方が花は萎れていくものよ。
かえって雨が降ってる方が、花は活き活きとしているわ。
だったら、長雨が降り続いたから花が色あせてしまったっていうのは理屈が通らないじゃないの。
適当なこと言わないでくれる?
さっきの喜撰法師くんにも言えるけど、そうやって上手いことを言おうとするところが、なんていうか、小賢しいのよね。
花だけに、鼻につくっていうか。
やっぱりアナタ、顔は可愛いんだけど性格がヒネくれてるんだわ。
見たまんま山部赤人くんの方が、よっぽど可愛げがあるわね。
じゃあ結局アナタが言ってることは、「私が物思いに耽って、虚しく年齢を取っているうちに、色気も美貌も失われてしまった」ってこと?
小町だけに、こまっちゃたって言いたいわけ?
それとも、小野だけに、慄いているってこと?
何なの、この歌。
でもアナタは土台がいいから、ちょっとくらい美貌が失われたって大丈夫じゃない?
高望みさえしなければ、相手はすぐに見つかると思うわ。
一人暮らしの高齢者だったら、チョロいもんでしょ。
どうせアタシなんか最初から色気も美貌も無いわよ。
まったく大きなお世話だわ。
人間なんて、ありのままでいいのよ。
こんなクソ寒い歌に比べたら、アタシなんてありのままで少しも寒くないわ。
レリゴーの精神ね。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
ジジイ探せば 問題無さス