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087.寂蓮法師 「むらさめの 露もまだひぬ まきの葉に 霧立のぼる 秋の夕暮」

はーい、じゃあ次は寂蓮法師(じゃくれんほうし)くーん。

こっちに来て作った歌を見せてくださーい。


お、来た来た。

……って、また坊主かよ。

これで3連続だわ。

なんでこのクラスってこんなにバランスが悪いのかしら。

RPGで言えば、なんつーか、回復系の僧侶ばっかで前衛のアタッカーが居ない、みたいな。


ところで、キミは「じゃくれん法師」っていうのね。

なんだか「じゃくれん」って、ジャクリーン・ケネディのジャクリーンみたいでカッコいいわね。

あ、今の子にはジャクリーン・ケネディなんて言っても、きっとピンと来ないわよね。


ジャクリーン・ケネディっていうのは、あの暗殺された事で有名なケネディ大統領の夫人のことね。

この人って、不思議な愛嬌(あいきょう)があるのよ。

画像検索したら分かると思うけど、どことなくオウムみたいな顔してて。


二代目 中村獅童といい勝負だわ。

あの人もよく見たらオウムみたいな顔してるわよ。

あ、もちろんいい意味で。


ところで、キミのお父さんの名前はなんていうの?

ふーん、俊海(しゅんかい)っていうお坊さんなのね。


え? でも今は藤原俊成(ふじわらとしなり)の養子ですって?

そっかー。

……って、藤原俊成(ふじわらとしなり)ってどこかで聞いた気がするわね。


あれ? このクラスに居るだいぶ年で老け顔の皇太后宮(こうたいごうぐうの)大夫俊成(だいぶとしなり)くんのことじゃないのー。

てか、相変わらず長ったらしい肩書が付いた名前よね。

言いにくくて苦労するわ。


じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。


むらさめの (つゆ)もまだひぬ まきの()

霧立(きりた)ちのぼる (あき)夕暮(ゆうぐれ)


なぁに、これ。

(あき)夕暮(ゆうぐれ)(きり)が出てきた、ってこと?

だったらフォグランプを()けた方がいいわよ。

(きり)の中のドライブには細心の注意が必要なのよ。


っていうか、「(あき)夕暮(ゆうぐれ)」で終わる歌を前にも見たような気がするわね。

誰の歌だっけ。


……あーそうそう、胡散臭さが一目瞭然の良暹法師(りょうぜんほうし)くんの歌ね。

彼は「いづこも同じ 秋の夕暮れ」って()んでたわ。

ま、どっちにしろ「秋の夕暮れ」なんて表現はテンプレすぎて、余裕で既読スルーしちゃうわよ。


「むらさめの」ってのは何?

え? 「にわか雨の」ってことなの?

じゃあもともとは「ムラな雨」っていうつもりだったのかもね。


(つゆ)もまだひぬ」は?

ふーん、「(つゆ)もまだ(かわ)いてない」ってことなんだ。

「まだひぬ」は「まだ()ぬ」ってことね。


「まきの葉」ってのは何?

みどりのマキバオー?

え? 「真木(まき)の葉に」って意味なんだー。

なるほどね。


ところで「真木(まき)」って何?

ふーん、杉とか(ひのき)(まき)などの常緑樹全体を指すのね。

知らなかったわ。


下の句の「霧立(きりた)ちのぼる (あき)夕暮(ゆうぐれ)」は、「霧が立ち(のぼ)っている秋の夕暮れ時」ってことでいいのかしら。


じゃあまとめると、キミが言いたかったことは、

「にわか雨の(つゆ)もまだ乾いてない真木(まき)の葉に、霧が立ち上っている秋の夕暮れ時だ」

って感じ?


これは何ていうか「見たまんまを()みました」って感じの歌ね。

前にもそんな人が何人かいたわ。

いわゆる写実主義ってやつかしら。

まぁ湿(しめ)っぽい歌な事だけは、しっかり伝わってくるけどさ。


アタシは深い霧の光景を見ると「ミスト」っていう映画を思い出しちゃうわね。

不可抗力で偶然一か所に閉じ込められた人たちが徐々(じょじょ)にお互い疑心暗鬼に陥っていく感じの展開って、サスペンスにはありがちな展開だけど、この映画もそうね。


わりと有名な映画だから、もしも観てない人がいたら話のタネに観ておくといいわ。

面白いとか感動するって感じの映画じゃないかも知れないけどね。


そういえばアタシ、前のアカウントで「映画のミカタ」っていう作品も投稿してたんだけど、結局は途中で削除しちゃったわね。

「映画の見方を教えます」なんて大見得(おおみえ)を切っておいて、恥ずかしい限りだわ。


つーかアタシの作品って、滅多に完結しないのよね。

飽きっぽい人間が後先(あとさき)考えずに見切り発車をするから、こういうことになるのよ。


かと言って、仕掛かり中のものを完全にお蔵入りにするのも、それはそれで嫌なのよ。

だって大げさに言えば、それもアタシの歴史の一部だからね。

たとえ未完成の作品だとしても、このときアタシはこんな事を考えてこんな作品を書いていたんだ、っていう記録としての意味があると思ってるわ。


本当はアタシ、いろいろと捨てられない人なのよ。

モノも思い出も、義理も恩も、恋愛感情も。

断捨離(だんしゃり)とか言うけど、アタシには絶対ムリだわ。


「ムダな物は捨てろ」なんてよく言われるけどさ、一度捨てたものは戻ってこないじゃない?

捨てると、捨てたことを後悔しそうでイヤなのよ。


もしそうなったら、その後ずーっと後悔に(さいな)まれることになっちゃうじゃないの。

「あー、やっぱアレ、捨てなきゃよかったー」とかさ。

取返しのつかない後悔なんて、したくないでしょ。


あとは、捨てる事が単純に嫌いなのよ。

つい「もったいない」とか思っちゃうし、物を捨ててる自分もイヤなのよ。

これについては、たぶんアタシ自身の深層心理で誰かに捨てられる事を恐れているからなんだと思ってるけどね。


何度も書くけど、アタシ、高2の終わりに大好きだった彼女から見捨てられてるからね。

そのトラウマがこういう形で無意識的に表面化したんじゃないかっていうのがアタシの自己分析よ。


それに、もしかするとその時はゴミに見えても、時間が()ってから価値が出てくることだってあるかも知れないでしょ。

「何でも鑑定団」じゃないけどさ、見る人が見たら数万円もする代物(しろもの)だったりとかして。


まぁでも鑑定結果がどうあれ、どんなに周りの人には無駄な物に見えたとしても、アタシから見たらそれは無駄な物じゃないのよ。

だって物を見ると、それにまつわるいろいろな出来事を思い出すでしょ?


それを見るまでは記憶の糸が切れてて全く覚えて無いけど、その物を見た瞬間に記憶が(よみがえ)るってことが実際にあるのよ。


つまり、広い意味で言えば、アタシにとっては物も記憶の一部だってことね。

他人が見たら無造作に物をぶちまけてるように見えるかも知れないけど、本当は、物に記憶を(くく)り付けてそこに置いてあるのよ。


もちろん、そんな記憶自体がムダだと言われればそれまでだわ。

でもそれは良かれ悪しかれ、アタシが生きてきたことの記憶であり記録であり足跡であって、アタシという物語(ストーリー)を構成している要素になってるのよ。


逆にアタシから見れば、無造作に物を捨てる人の心境が理解できないわ。

使わないからポイ、古くなったからポイ、忘れてさっぱりしたいからポイ、なんて、物も記憶も感情もポイポイ捨てちゃって、よく平気でいられるなーって思っちゃうわね。


なんでもっと一つ一つを大切に扱わないのかしら。

アタシ、財布とかでもずーっと同じ物を使ってるのよ。

だってまだ使えるからね。

それに、長い間使ってるから愛着もあるし、使い慣れてるってのもあるし。


結構ボロボロだったりするけど、それ自体、アタシは気にならないのよ。

そりゃあ誰かから改まって「財布を見せてくれ」って言われたら、ボロくてちょっと恥ずかしいけどさ、でも自分が使ってる分には普通に使えてるから。


そんなのアタシは気にしないんだけど、女の()って、そういうところを細かくチェックしてるわよね。

アタシ、付き合った彼女から最初に(もら)う誕生日のプレゼントって、必ず財布だったわ。


アタシは今まで、リアルでまともに付き合ったと言える()なんて3人ぐらいしか居ないけどさ(ぐらい、とか言ってる割にはリアルな数字で笑えるけどw)、付き合い始めて最初のアタシの誕生日に貰うプレゼントって、いつも決まって財布だったわよ。

本当に100%の確率で。

一人の例外も無かったわ。

どんだけボロいんだよ、アタシの財布って。


思い出してみると、何だか面白いわね。

でもアタシは使い込んでボロくなったくらいの物の方が余計に愛着を感じるのよ。

もらった財布は彼女と会ってるときは使うけど、別れたら結局また元の財布を使ってたりしてね。


だからって、たとえ使わなくても(もら)った物は捨てたりしないわよ?

元カノから(もら)った物は、今もだいたい残ってるわ。


アタシは付き合った彼女と別れた後でも、彼女から(もら)った物を捨てたりしないのよ。

物に罪は無いからね。

もちろん彼女にも。

いつだって、罪はアタシの方にあるのよ。


あれ?

いまアタシ、ちょっとカッコいい事を言ってない?

別にアタシに()れても構わないわよ。

え? そんな事は無い?

あ、そう。


でね、アタシ、もう何回も書いてるけど高2の冬まで付き合った彼女がいてさ、その()からは誕生日のプレゼントに財布と併せてカンペンケース(カンペン)を(もら)ってるのよ。


全体が銀色で中央に大きく緑色の文字で「Will Return」って書いてあって、右下にはピーナッツに手足が生えたようなキャラクターが、やっぱり緑色で描かれているの。


それ以来アタシはこのカンペンをずっとカバンの中に入れて持ち歩いてきたから、銀色の塗装が全部()げて下地が出てきちゃったんだけど、それでもずーっと持ち歩いてるもんだから、今度は下地に(さび)が付いちゃって、今じゃ全体が()げ茶色になってるわ。


なぜか緑色の文字部分は塗装が()げずに綺麗(きれい)に残ってるんだけどさ。

外側はボロいけど、フタを開けた内側はずっと綺麗(きれい)なままになってるわ。


外側と内側での見かけのギャップが(すご)いの。

で、このカンペンをアタシは何十年も()った今でも使ってるのよ。

どうかしてるわよね、絶対。


アタシ、今から数年前にIT系資格の試験を受けたんだけど、その時もこのカンペンを持っていったわ。

こんなサビサビのカンペンなんて、他の人から見ればガラクタもいいところなのよ。


でもアタシから見ると、当時の彼女にもらったものだし、その後ずっと何かの試験の時は必ず持って行ってるからね。

大学入試でも運転免許の学科試験でも、入社試験でも資格試験でもね。


一緒に幾多の修羅場を(くぐ)り抜けてきてるから、もう、ちょっとした相棒みたいになっちゃってるのよ。

こんなの余計に捨てられっこないわ。


服なんかでも、気に入って着続けたものは捨てられないわね。

アタシ、大学生の頃はよくフリー雀荘で麻雀を打ってたんだけど、「これは俺の勝負服だ」なんて自分に言い聞かせて当時着続けていた茶色い長袖のシャツがあるのよ。

これもアタシがフリー雀荘で闘い続けた(あかし)の服だから、相棒みたいな物なの。

やっぱり捨てられないわね。

もう色褪(いろあ)せて着られなくなっても持ってるの。


きっとこういうところがアタシの未練がましさに(つな)がっているんだろうな、とは思うけど、その一方でアタシはこういう一途(いちず)なアタシを気に入ってたりもするのよ。

もしも共感してくれる人がいたら嬉しいわね。


……って、また百人一首と全く関係無いことを書いちゃってるわね。

ま、アタシの書く文章なんて、いつもこんな感じだわ。

きっと、人格が崩壊してるから書く文章まで崩壊するのよ。


じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。


むらさめの (つゆ)もまだひぬ まきの()

霧立(きりた)ちのぼる (あき)夕暮(ゆうぐれ)

「霧立のぼる」って ペンネームみたい

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