086.西行法師 「なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな」
はーい、じゃあ次は西行法師くーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
うわ、また坊主だ。
え? なんでもないわ。
こっちの話よ。
ところで、キミの名前はなんていうの?
え? 佐藤義清?
へー、こんな時代にも佐藤っているのね。
割と最近の名前なのかと思ってたわ。
ていうか、義清は「よしきよ」って読むんじゃないの?
これを「のりきよ」って読むのは難易度高いわね。
じゃあキミのお父さんの名前はなんていうの?
ふーん、佐藤康清っていうんだ。
もちろんアタシは知らないわよ。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
なげけとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな
出たー、詠嘆の「かな」。
「だなぁ」ってやつよ。
「なげけとて」って何?
なげけって、毛が長ぇってこと?
アタシの部屋の床にも、よく髪の毛が落ちてるわね。
歳を取ると、自然と抜け毛も増えていくものよ。
え? 「なげけとて」は「嘆けと言って」って意味なんだ。
「月やはものを 思はする」ってのは?
「思はする」は忘れるってこと?
ふーん、「月は物思いさせるだろうか、いや、そうじゃない」ってことなんだ。
反語ってやつね。
次の「かこち顔」ってのは何?
かちこちに緊張した顔とか?
え? 「かこち顔」は、恨みに思う顔つきのことなんだ。
「かこち顔なる」で、「恨みを持つかのような」ってことね。
なるほどー。
じゃあまとめると、キミが言いたかったことは、
「嘆けと言って月は私に物思いをさせるのか、いや、そうじゃない。恨みを持つかのように涙が流れるなぁ」
ってこと?
何だかよく分からないけど、月を見上げて泣いてるって感じ?
アタシはリアルじゃ男だから滅多に泣いたりしないけど、過去に一度だけ急に涙が出てきて、自分でもビックリしたことがあったわ。
あんなに無意識に涙が出てきたのは、後にも先にもあの一回だけだわ。
あれはアタシが大学受験で浪人してた時だったわね。
その前に、ちょっとアタシの高3の受験のときの状況についても書いておくわね。
前にもちょっと書いたかも知れないけど、アタシ、高3ではほとんど勉強しなくなっちゃってたの。
っていうか、ほぼほぼ生きる気力も無かったのよ。
当然まともに受験なんてできる状態じゃなくてさ、それ以前に将来のことなんて何も考えられないわけよ。
でもアタシの親は、高2までのアタシの学校成績のイメージが残ってるからさ、落ちてもいいから一流大学を受けてみろ、とか言って、半ば無理やりアタシに受験させたわけ。
ちなみに高2のアタシの学校での成績は、書道だけが4でそれ以外は全部5だったわ。
もちろん5段階評価で。
当時でも高校で5段階評価ってのは珍しかったと思うわね。
今はもう10段階評価に変わってんじゃないかと思うけど。
そういえば、なんで書道なんてあったのかしら。
それが無ければオール5だったのにね。
体育も得意だったし。
あ、これは別に自慢してるわけじゃなくて、ただそういう事実があったっていう状況説明だからね。
ほら、アタシが通ってた学校って学校自体のレベルがそんなに高くなくて、校内じゃ必死に勉強してるヤツなんてほとんどいないような状態だからさ、アタシなんかでも必死に勉強すれば、そのくらいの成績は取れちゃうのよ。
だけど他所へ行けば、こんなの中の上くらいの成績なのよ。
でもアタシの親はそこらへんのことが分かってないからさ、アタシを頭がいいと思ってるのよ。
ただでさえ一流大学なんて難しいのに、高3の勉強をしてない上に無気力状態なんだから、絶対に受かりっこないんだけどね。
結局アタシは、親が受けろって言った大学だけ言われるがままに受験したわ。
試験会場で周りの人達がせっせと問題を解いてる中、アタシは一人でぼーっとしてたわね。
そんな感じで、高校は卒業したけど行く大学は無いし、かと言って高卒で働く意志も無いのよ。
予備校にも行く気は無かったんだけど、ずっと家にいられると親が困るらしくて、ここでも親に言われるがままに予備校に通い始めたわね。
ま、早い話が浪人生よ。
でも、もう予備校にはA子もYもいないからさ、毎日精神を削られることも無くなって、それだけが救いだったわ。
今度はアタシもそれなりに授業を聞いたわよ。
それでも以前の必死さなんて微塵も無かったけどね。
半分は暇つぶしみたいな感覚で毎日講義を聞きに行ってたわ。
予備校の講師って学校の教師とは違って、生徒受けを狙ったパフォーマンスなんかをするじゃない?
勉強をしに行くというよりは、ただそのパフォーマンスを見に行ってるような感じね。
で、そんな感じにアタシが浪人してた時よ。
アタシには2歳上の姉がいるんだけどさ、家にいるとき、何かの拍子で凄い口喧嘩になったのよ。
なんでケンカしたのかは全然思い出せないけど。
で、アタシの姉が口達者なのよ。
っていうか、だいたい女って口が達者なんだけど。
基本、男に比べると女って論理は二の次だからさ、自分の言っていることに一貫性があるかとか、話の筋が通ってるかとか、こんなことを言っていいのか悪いのかとか、そういうことをチェックする機構が簡単に外せるようになってんのよ。
つーか、デフォルトで外れてんのよ。
そのとき思った事をノーチェックでダダ漏れに口に出しても平気、みたいなところがあるわけ。
それで、口喧嘩の最中に、アタシが浪人してるからって、姉がアタシに「この穀潰し!」って言ったのよ。
姉は短大卒だから、当時はもう社会人になってお金を稼いでたからね。
もちろんアタシはこの時、当然働いてもいなかったし、バイトもしてなかったわ。
それにしてもヒドい言い草よね。
口喧嘩の時にこそ、女の本性が出るのよ。
普段は猫を被ってても、本当は何を考えてるんだか分かったもんじゃないわ。
で、そう言われたときはアタシも負けずに「うっせー、バーカ」とか言い返してたんだけど、口喧嘩が終わってしばらくテレビをボーッと見てたら、不思議に涙がボロボロ出てきたのよ。
アタシは全然泣くつもりなんて無いし、べつに口喧嘩に負けて口惜しいとか悲しいっていう感覚も無いんだけど、ただ自然と涙が零れてくるの。
たぶんその時、アタシの精神が壊れてたからだと思うわ。
今でもアタシの精神はどこか壊れているようなところがあるけど、当時に比べればだいぶマシになったわね。
年々涙もろくなってきているのは、きっと年齢のせいだわ。
……って、また余計な事を長々と書いちゃったわ。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
なげけとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな
長ぇ毛取って こまめに掃除




