071.大納言経信 「夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く」
はーい、じゃあ次は大納言経信くーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
……って、キミは大納言なのね。
キミの本名はなんていうの?
え? 源経信っていうんだ。
じゃあキミのお父さんの名前は?
ふーん、源道方なんだ。
え? キミは源道方の六男なのね?
六男ってそれはないでしょう!
あ、この六男のくだりって参議等くんの時にもやったわね。
まぁいいわ。
アタシの気が済むまで何度でもやるわよ。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
夕されば 門田の稲葉 おとづれて
芦のまろやに 秋風ぞ吹く
なぁに、これ。
秋風が吹いてるのは分かるけど、他は意味が分からないわ。
「夕されば」って何?
夕方が去ればってこと?
え? 「夕方になると」ってことなの?
アタシの予想と正反対ね。
「 門田の稲葉」は何?
アタシのイメージだと、門田は門田博光、稲葉は稲葉篤紀だわね。
一応言っておくと、二人とも元プロ野球の一流選手だからね。
稲葉篤紀は、前に野球の日本代表監督をしてたわね。
え? 「門田」は門の真ん前の田んぼって意味なの?
へー、そんな意味があるなんて知らなかったわね。
「稲葉」は「稲の葉」ってことね。
「おとづれて」は「訪れて」でいいの?
え? 「音を立てて」って意味なんだ。
じゃあ、音を立てて訪れたらどうすんの?
「芦のまろやに」の「まろや」が分からないわ。
「麻呂の家」ってこと?
え? 粗末な小屋って意味なんだ。
前に「庵」って出てきたけど、それと似たようなものかしら。
「秋風ぞ吹く」は、そのまんま「秋風が吹く」ね。
じゃあキミが言っていることは、
「夕方になると、門の真ん前の田んぼの稲の葉が音を立てて、芦葺きの粗末な小屋に秋風が吹く」
ってことね。
ふーん。
で? って感じの歌だわね。
イメージとしては、夕方に秋風が吹いて収穫前の稲穂が音を立てて揺れていて、その風が、芦葺きの小屋にも吹き付けているといった光景なんでしょうけど、どういう意図でこれを詠んでるのかが分からないわ。
この風景を美しいと見ているのか、変わり映えしないと見ているのか、侘しいと見ているのか、それともボロ小屋を見てボロいなぁと思っているのか、そのあたりがよく分からないのよね。
きっと大納言様のキミから見れば、「うわー、何だこの、芦葺きのボロ小屋。風に吹き飛ばされそうじゃね? プププ」ってな感じかしらね。
だとしたら、結構な嫌味だわ。
まぁ、秋は寂しいとかいうテンプレ的な事を言ってない分、アタシ的にはいくらかマシな歌だとは思うけど、じゃあこれがいい歌かと言われると、そんな感じもしないわね。
この歌の良さがアタシには分からないわ。
もしかすると、アタシの感覚が一般とズレているだけなのかも知れないけどね。
でも、今の子は田んぼって言われてイメージが湧くのかしら。
都心に住んでる子なんかは、田んぼのイメージって湧かないような気がするわ。
アタシの場合、昔は実家の近くにそれなりに田んぼがあって、小学生の頃なんかは学校が終わって家に帰ってくると、すぐにバケツを持って友達と一緒にザリガニを捕りに行ったりして遊んでたわね。
ほら、田んぼって水がいい具合に浅く張ってあるじゃない?
これがザリガニ捕りには都合がいいのよね。
だって、ザリガニが居るかどうかを目で見ることができるし、どこへ逃げてもずっと見えてるからね。
アタシなんか、家の近くの田んぼの中にズカズカ入って行って、水の中に手を突っ込んでザリガニを捕まえてたわ。
もちろん、稲を踏み荒らしたりはしないわよ。
あぜ道のところから手の届く範囲で、そうやって捕まえるのよ。
昔はザリガニを平気で手づかみしてたけど、今はそんな事はできないわね。
子供の頃って、結構いろんなものを手づかみしてて、ザリガニ以外にもバッタ、カマキリ、トカゲ、トンボ、セミ、カナブンとか、大抵のものは手で掴んでたけど、これが大人になると何故か出来なくなるのよね。
気持ち悪いっていうか、怖いっていうか、躊躇しちゃうのよ。
アタシの周りにも、そういう人が結構いるわね。
ま、昔はともかく、今はアタシの実家の近くにあった田んぼも全部無くなっちゃったわね。
子供の頃は普通にあった風景が、もう二度と見られなくなるっていうのは、やっぱり残念ね。
……って、あらやだ、また思い出を語っちゃったわね。
アタシも歳かしら。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
夕されば 門田の稲葉 おとづれて
芦のまろやに 秋風ぞ吹く
門田も稲葉も 名球会入り




