068.三条院 「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」
はーい、じゃあ次は三条院くーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
……ってキミは「院」だから、元天皇ってことね。
ってことは、お父さんも天皇ってことよね。
え? キミのお父さんは冷泉天皇って言うの?
そんな冷麺みたいな名前の天皇なんて、アタシ聞いたことないわよ。
え? 冷泉天皇って、れいぜい天皇って読むの?
アタシてっきり、れいせん天皇かと思っちゃったわ。
つか、こんなの、そうとしか読めねーだろ。
冷泉で思い出したけど、昔、小滝詠一の名前で「冷麺で恋をして」っていうパロディソングがあったのよ。
ま、小滝詠一ってのは、本当はTake2っていうお笑いコンビの片割れの、東貴博なんだけどね。
普段お笑いを見ない人には、安めぐみの旦那って言った方が分かり易いかしら。
オリジナルはもちろん、大瀧詠一の「A面で恋をして」だわね。
この大瀧詠一って人は親分肌の人でね、山下達郎、伊藤銀次、佐野元春、杉真理といったシンガーソングライターの間で中心的人物だったのよ。
大瀧詠一が中心になって、さっき挙げた4人と一緒にナイアガラトライアングルvol1、vol2っていうアルバムを作成しているわね。
ちなみにアタシが産まれて初めて買ったCDは、大瀧詠一の「EACH TIME」だったわ。
言っとくけど、エッチタイムじゃないわよ。
当時はCDプレイヤーが出回り始めた頃でね、まだみんなLPレコードとかカセットテープを聞いてた時代なのよ。
ちょうど音源がアナログからデジタルへ移行し始めた頃ね。
「EACH TIME」に収録された曲って、どの曲にも前振りでフルオーケストラのゴージャスなインストがくっついてたから、余計に音のクリアさが際立って、まさにCD向きのアルバムだったの。
最初にCDで「EACH TIME」を聞いたときは、音のクリアさに、そりゃあ感動したものよ。
で、このアルバムのジャケット(厳密にはCDが入ったケースの表側ね)のイラストがどことなく鈴木英人っぽくて、それがまたいいのよ。
当時はさりげなくこのCDケースを本棚に立てかけちゃったりなんかして、部屋をオシャレに見せようとして頑張ったこともあったわね。
あ、鈴木英人が分からないかー。
うーん……。
アタシの年齢が年齢だからさ、若い人は中々この辺りの話には付いてこれないと思うけど、ま、そこはゆっくりググりながらでも付いてきてちょうだいね。
鈴木英人っていうイラストレーターがいるのよ。
この人は山下達郎のジャケットを描いている事で有名だわね。
アタシ、この人の描くイラストが大好きなのよ。
華やかで、涼しげで、都会的で、夏っぽくて。
ひらひらと舞う紙吹雪?みたいな演出も気に入っているの。
似たようなイラストを描く『わたせせいぞう』って人がいて紛らわしいんだけど、アタシに言わせれば、わたせせいぞうは鈴木英人の劣化コピーでしかないわね。
あ、もちろんいい意味で。
いちいち「いい意味で劣化コピーって何だよ」とかツッコまないでちょうだいね。
これはお約束ってやつだから。
「いい意味で」って頭に付けとけば、とりあえず悪口が悪口じゃなくなるのよ。
たぶんね。
アタシ、わたせせいぞうが描くイラストに登場する人物の顔が嫌いなのよ。
なんか適当に、っていうか、いい加減に描いてるようにしか見えないのよね。
その点、鈴木英人の描くイラストは隅から隅まで洗練されていてカッコいいのよ。
野暮な人物なんて登場しないしさ。
むしろアタシに言わせれば、わたせせいぞうは鈴木英人のパクリと思われたくなくて、無理やり人物を登場させてる感があるわね。
「でもそれって、悪あがきなんだよなー」
「パクリ以下の劣化コピーだしなー」
とか、いつも思ってるわ、アタシ。
あ、もちろんいい意味で。
で、アタシは高校生の頃まで、自分の部屋のカレンダーには絶対、鈴木英人が描いたイラストのカレンダーを掛けるんだって決めていたのよ。
毎年12月になると鈴木英人のカレンダーを本屋で予約するっていうのが恒例行事だったわね。
懐かしい思い出だわ。
話を音楽に戻すわね。
さっき言ったみたいに、アタシは最初、大瀧詠一をよく聴いてたんだけど、そのうちそれが佐野元春に移ってね。
最終的にはアタシの一番のお気に入りは伊藤銀次に落ち着いたのよ。
伊藤銀次の甘い歌声は、アタシの青春そのものだわ。
当時、アタシは伊藤銀次のアルバムを心待ちにしていて、出るたびにすぐ買っていたからね。
「あ、このアルバムを聴いてた頃は彼女と仲良くしてたっけ」とか「このアルバムが出た頃には彼女と別れていて、一人寂しく聴いてたなぁ」とか、誰にでもそういう思い出のアルバムってあるんじゃないかしら。
アタシにとっては、伊藤銀次のアルバムの一つ一つが、そういった思い出のアルバムなの。
もっと気取った言い方をすると、アタシの青春時代の思い出は伊藤銀次のアルバムによって綴られているのよ。
え? アタシの思い出話なんて聞きたくない?
まぁ、そりゃあそうよね。
でもアタシは、アタシが書きたいことを書くって決めてるのよ。
ゴメンなさいね。
とはいえ、いつまでもノスタルジックな感傷に浸ってると、ぜんぜん話が前に進まなくて、それはそれで困るわね。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
心にも あらでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな
なぁに、これ。
「心にも あらで」は、心にも無くってことでいいの?
え? 「心ならずも」ってことなのね。
「うき世に ながらへば」は「この世で長生きしているので」って感じ?
ふーん、「現世で生き長らえているならば」って意味なんだ。
「恋しかるべき」っていうのは何?
え? この「べき」は、当然を表す推量の助動詞で「……はずの」ってことなのね。
以前、謙徳ハム太郎…じゃなかった、謙徳公くんに聞いたことがあったわ。
「夜半の月かな」は前にも見たことがあるわね。
そうそう、ヤンキーの紫式部さんが「雲がくれにし 夜半の月かな」って詠んでいたわね。
「夜中の月だなぁ」ってことだわ。
そういえば、B'zのLADY-GO-ROUNDの歌詞に「恋しかるべき わが涙かな」ってのが出てくるんだけど、これは三条院くんの「恋しかるべき 夜半の月かな」と、西行法師くんの「かこち顔なる わが涙かな」をミックスした歌詞になってるわね。
ていうか、西行法師くんの順番は86番目だから、まだ出てきてなかったわよね。
思わずフライングしちゃったじゃないの。
じゃあ、キミが言いたかったことは、
「心ならずも現世で生き長らえてたならば、恋しく思うはずの夜中の月だなぁ」
ってことね?
つまり「もしも長生きしたら、この夜中の月を恋しく思い出すだろうなぁ」ってことかしら。
なんだか竹取物語の翁が詠みそうな歌だわね。
「月を見るとかぐや姫を思い出す」
「かぐや姫が月に帰っちゃって寂しい」
みたいな。
でも、どこか儚げで、いい歌ね。
アタシは好きよ、この歌。
アタシが好きな歌って、大げさじゃなくてシンプルに、さり気なく悲哀を詠んだ歌だわ、きっと。
涙で袖が絞れるほど袖が濡れてるとかいう、大げさでフザけた歌は容赦しないけどね。
女の娘でたとえると、取り乱してワンワン泣きじゃくるような娘じゃなくて、静かに黙ったまま、ツーっと一筋の涙をこぼすような娘がアタシは好きなのよ。
そんなふうに女の娘が泣いてるのを見たら、アタシはその場で駆け寄って、抱き締めてあげたくなっちゃうわ。
昔のアタシは、どっちかっていうと喜怒哀楽がハッキリしている娘が好きだったわね。
嬉しいときはちょっと大げさに喜んでくれるからこっちも嬉しくなるし、その娘が今どういう感情なのかが分かり易くて扱いも楽かなぁとか思っていたからね。
(その分、怒らせると収めるのに苦労するけどww)
一時期、アタシは好きな女の娘のタイプを聞かれたら、よく「風林火山みたいな女の娘」って答えてたわ。
「風のように爽やかで、林のようにおしとやかで、でも火のように情熱的で……山のようなお金持ち!」
なんてね。
半分冗談なんだけど。
でも今は、付き合うなら感情を隠そうとして頑張ってる娘がいいわね。
完全に感情を隠されちゃうと困るんだけどさ、頑張って隠そうとしてるんだけど隠し切れて無い、っていうくらいの女の娘が、健気で可愛く思えるのよ。
ちょっとマニアック過ぎたかしら?
でも長年ダンディな男を追求してるとね、どんどん嗜好がマニアックになって、好きなスーツの色も黄色に変わっていくものよ。
ゲッツ!
ま、今のアタシはともかく、三条院くんには、ちょっと鬱の傾向が見られるわね。
「心ならずも長生きしたら」なんて、「早く死にたい」って言ってるようなもんでしょ。
どうせなら長生きすればいいじゃないの。
早く死にたいっていう気持ちも分からなくはないけど、アタシとしては、ぜひキミには長生きしてもらって、これからも悲哀に満ちたアタシ好みのいい歌をたくさん詠んで欲しいわね。
鬱を抑える薬もあるらしいから、騙されたと思って飲んでみたらどうかしら。
朝に一錠、昼に一錠、夜に一錠、食事の後に毎日飲むのよ?
一日三錠よ?
三条院だけにね。
なんちゃって。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
心にも あらでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな
仙台みやげは 萩の月かな




