060.小式部内侍 「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立」
はーい、じゃあ次は小式部内侍くーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
……って、また女かよー。
思わず「くーん」って呼んじゃったわよ。
そういえば、最近の学校じゃ、たとえ小学生の男の子でも「さん」って呼ぶのが普通らしいわね。
アタシみたいな昭和の人間の感覚からしたら、ちょっと考えられないわよ。
たとえば授業参観なんかで小学校2年生の男の子が、先生から「じゃあ次の問題わかる人、手を挙げて下さーい。はい、田中さん」なんて当てられてるのを聞いてると、凄い違和感があるわね。
たかが小学校2年生のガキンチョ相手に、なんで目上の先生が「さん」なんて付けて呼ぶのか、アタシには理解できないわ。
アタシが会社で受けてる扱いよりも、よっぽど丁寧じゃないの。
こんな教育をしてたら、ガキンチョが思い違いをしてつけ上がるうえに、厳しく叱られる経験が無いまま成長することになって、最終的にはワガママで打たれ弱くて上下関係も正しく認識できない人間を量産することになるって事が、どうして分からないのかしら。
「さん」付けで呼び名を統一するくらいなら、むしろ呼び捨てで統一すべきよ。
お前らはまだガキンチョで一人前じゃないんだ、ってことをハッキリ自覚させるべきだとアタシは思うけどね。
アタシが小学生だった頃の担任の先生は、教えるのが仕事なんだか怒るのが仕事なんだか分からないくらい、よく怒ってたわよ。
地元でも、怖いことで有名な先生だったからね。
たとえば学校の給食当番でマスクを忘れると、黒の油性マジックで口の周りに四角いマスクの形で線を書かれたわよ。
油性マジックよ? しかも極太の。
ゴシゴシ洗っても落ちないんだから。
宿題なんて忘れようものなら、廊下に立たされたり、デコピンされたり、頭にゲンコツを落とされたり、もうやりたい放題だったわね。
今なら絶対、児童虐待で訴えられてるわよ。
その先生は隣の中学校の先生ともやり合ってたわね。
アタシの小学校って、金網を挟んですぐ隣が中学校でね。
「何だぁ? こっち来い!」
「用があるならそっちから来い!」
なんて、小学校と中学校の先生同士が金網越しに言い合ったりもしていたわ。
今じゃ、考えられないけどね。
ま、当時はそのくらい先生に迫力があって、先生と生徒(児童)との間には上下関係がハッキリしていたってことよ。
さすがに、ここまでヒドい先生が居たのはアタシの学校くらいなものだと思うけど。
でも、そういう上下関係って最初からハッキリさせておかないと、現場の先生はツラいんじゃないかしら。
生徒全員が素直な子ならいいけど、何を言っても言うことを聞かないバカで生意気な生徒って、必ず一定数は居るからね。
そんな生徒に対して「〇〇さん」なんて呼びかけたって、ますます付け上がるだけだと思うわ。
生徒なんか呼び捨てにして当たり前、現場の判断で体罰も可能、くらいの威厳は先生に持たせておくべきよ。
教える側にそのくらいの迫力が無いと、教わる側の緊張感が緩んでダラけるし、生徒が度を越えてダラけ始めたときに対処できないんじゃないかしら。
今はどうか知らないけど、アタシが小学生のときなんかは「スカートめくり」とか言って女の子のスカートをめくる遊び(?)をしてる子がいたわよ。
そんな時、その悪ガキに「〇〇さん、女の子のスカートをめくってはいけません」なんて言ったって、効果があるとは思えないわ。
イジメにしてもそうね。
「〇〇さん、××さんをイジメてはいけません」なんて言い方じゃ、言ってる先生の方がナメられちゃうわよ。
「何やってんだ、〇〇! ちょっと職員室まで来い!」とか言ってゲンコツを落とす先生の方が優れた教育者だとアタシは思うけどね。
……なーんて、また偉そうな事を語っちゃったわね。
あれ?
いまググッてみたら「内侍」って天皇に仕える女官を指す言葉なのね。
それなのに「内侍くーん」なんて呼んじゃって、これじゃあアタシが無知だって事がバレバレじゃないの。
ちょっと恥ずかしいわ。
でも、もう呼んじゃったものは仕方がないわね。
それにしても、なんでここへ来て女が5人も並んでるわけ?
わざと並べたの?
ビンゴパーティ?
だったらさっき「リーチ!」って言っときゃよかったわ。
あと1枚でビンゴ!っていうときは「リーチ!」って言わなきゃ場が盛り上がらないわよ?
っていうか、そういうルールよね?
もう今さら、このあと「アタシ、ビンゴ!」とか言い出せない雰囲気じゃないの。
「え? もしかしてビンゴのルールも知らないの? うわ、最悪。なんでこんなヤツが参加してんのよ。しかもいきなりビンゴ!とかあり得なくね? ちっとも盛り上がらないじゃない。空気読めよ。それにまだ私、リーチにもなってないわよ。腹立つわね。え? なになに? まさかこの人、リーチ!って言い忘れたくせに、ビンゴで景品を受け取る気?」なぁんてみんなが思ってそうな空気の中で、悪びれずシレッと景品を受け取りに行く勇気はアタシには無いわよ。
え? ビンゴじゃないの?
じゃあ何かのおまじない?
つか、そもそも百人一首って何の順に並べてあるわけ?
え? ほぼ年代順なの?
つまり、基本的にはその歌が詠まれた年代順に並んでるってことね。
じゃあきっと、小式部内侍さん辺りの歌は、女流歌人が盛んに歌を詠んだ頃だったってことなのかしらね。
まぁ、どんな順番に並べようが、それは百首集めた選者の藤原定家が決めることだから、とやかく言っても仕方がないわね。
え? 藤原定家ってこの学校の校長なの?
そう言われると、そうだった気もするわね。
うわー。
ちょっと待ってよ。
アナタ、和泉式部の娘さんなの?
まーた親子で通学かよ。
って、このパターンもむしろ定番になりつつあるわね。
やっぱり百人一首って、ある意味、オールスター家族対抗歌合戦だわ。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
大江山 いく野の道の 遠ければ
まだふみもみず 天の橋立
あら何、この歌。
ずいぶん分かり易い歌ね。
難しい言い回しがほとんど無いじゃないの。
詠嘆とか反語とか、係り結びとか無くていいわけ?
逆に分かり易すぎて、かえって不安になるわね。
とりあえず、アナタがこの歌を詠んだ背景を確認させてもらうわね。
まずアナタは小さい頃から歌が上手だったせいで、母親の和泉式部がアナタの歌を代作しているとの噂が立ったのね?
で、ある日、和泉式部が天の橋立に出掛けている時にアナタが歌会に出ることになって、藤原定頼が「母に代作を頼む使者は出したか? 使者は帰って来たか?」などとアナタを揶揄ったから、それに対してとっさに詠んだ歌がこれなんだー。
なるほどねー。
「いく野の道」は、「生野の道」と「行く野の道」を掛けていて、「まだふみもみず」は「まだ文も見ず」と「まだ踏んでもいない」を掛けているわけね。
そうやって、「大江山を行く道が遠いから、天の橋立からの手紙なんてまだ読んでません」っていうことを、技巧を凝らして言葉を掛けながら歌に詠んだのね。
なかなかやるじゃない。
藤原定頼は、アナタがとっさに詠んだこの歌に、狼狽のあまり返歌も出来ずに立ち去ってしまい、恥をかいたってWikipediaに書いてあるわよ。
こういう冷やかしをする男ってマジで最悪だけど、巧みな歌をとっさに詠むことで自分の実力を証明したってわけね。
実に痛快じゃない。
何だか以前放送されてたTV番組の「スカッとジャパン」に出てきそうな話ね。
思わず話の途中からアタシの頭の中で、藤原定頼の顔が木下ほうかの顔に置き換わっちゃってたわよ。
アタシ、本当は技巧に走ってる歌って嫌いなんだけど、藤原定頼に揶揄われたこの状況なら技巧に走るのも仕方ないわね。
とっさにこれだけの歌を詠めれば大したものだと思うわ。
それについて文句をつけようとは思わないわよ。
でも、歌の内容については藤原定頼に言い返しただけの歌だから、はっきり言って何の感動も無いわね。
まぁ、そりゃそうよね。
そもそもアナタだって、藤原定頼に冷やかされたからこの歌を詠んだだけの事で、べつに何かに感動したり感情が揺さぶれたりして詠んだわけじゃ無いものね。
歌を詠んだ本人に何の感動も無いんだから、その歌を聞かされたアタシが感動する訳ないじゃないの。
こんなの見ても、ふーん、としか言えないわ。
アタシとしては、もっとちゃんとした歌会で披露した歌を見てみたかったわね。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
大江山 いく野の道の 遠ければ
まだふみもみず 天の橋立
スカートめくって 股のぞき
天の橋立と言えば、やっぱ股のぞきでしょ。
あ、でもアホな同僚と一緒に行っちゃダメだからね。突き飛ばされちゃうから。




