056.和泉式部 「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」
はーい、じゃあ次は和泉式部さーん。
こっちに来て作った歌を見せてくださーい。
お、来た来た。
……って、アナタの和泉式部っていうのは本名じゃないわよね。
本名はなんていうの?
え? よく分からないの?
そっかー。
まぁでも、和泉式部って落ち着いたいい響きだと個人的には思うわね。
アナタの本名が何だったかは知らないけど、仮に変な本名だとしたら、むしろ響きのいい別名で通すっていうのも賢い選択なのかもって思っちゃうわ。
広瀬すずの本名が大石鈴華とか、石原さとみの本名が石神国子なんて聞いたりすると、やっぱり名前が持つ響きとかイメージって、大事なんだなって思うわね。
ところで「和泉」って書いて、なんで「いずみ」って読むのかしらね。
つい、「和」って読んでなくね? とか、要らなくね? って思っちゃうわ。
素朴な疑問ってやつね。
そういえば英単語にも、knowやhourみたいに、読まないkとかhがあったりするから、そこは気にしちゃいけないところなのかも知れないけどさ。
つーか、毎回本人に本名とかお父さんの名前を聞くくだりって必要無くねー?
自作自演もここまで続けてると、いい加減、飽きてくるわよ。
だってもう、書き始めて56人目よ?
似たようなくだりをそれだけ繰り返してたら、そりゃ飽きるってもんでしょ。
ま、そう思うなら止めればいいだけの話なんだけど。
え? 何の話って?
和泉ちゃんには関係ない話よ。
こっちにもいろいろと事情があるのよ。
じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな
出たー、「もがな」。
「もがな」は、願望の終助詞で、「〜であればいいなぁ」ってことよ。
何回も出てきたから覚えちゃったわよ。
こういうのを馬鹿の一つ覚えっていうのよね。
ま、それでもアタシは構わないけどさ。
「あらざらむ」って何?
え?「生きていないだろう」って意味なんだ。
もうすぐ死んじゃうってこと?
つーかさー、この前アタシ、次に「らむ」って詠んだ子には「ラム太郎」とか「ラムおじさん」ってあだ名を付けようって決めてたのに、アナタは女だから、そのあだ名が付けられないじゃないの!
まったく、なんて間が悪い娘なのよ。
すっかり予定が狂っちゃったじゃないの!
え? 何でもないわよ。
こっちの話だから。
「この世のほかの 思ひ出に」ってのは?
「この世のほか」って「あの世」ってことなんだ。
つまり死後の世界ってことね。
「今ひとたびの 逢ふこともがな」はきっと、「いま一度、会うことができたらなぁ」とか「いま一度、エッチなことができたらなぁ」って意味だわね。
じゃあ、アナタが言いたかったことは、
「私はもうすぐ死ぬだろう。あの世への想い出に、いま一度会うことができたらなぁ」
ってことね。
うーん、ちょっとこの歌にはコメントしづらいわね。
チャラい愛の歌ならいくらでもツッコミを入れるところなんだけど、そこそこ深刻な感じが出ちゃってるからねー。
下手に茶化すのも、何だか違う気がするのよね。
「私はもうすぐ死ぬだろう」とか言われちゃうとさ、何だか辞世の句に近い雰囲気になってくるじゃない?
ちょっと前にも言ったけど、アタシは辞世の句を特別なものだと思ってるからさ、それを茶化す気持ちにはなれないのよ。
まぁでも、アナタの言いたい気持ちは分かるわね。
アタシも、もし自分が死ぬ間際になったら、高2で別れた彼女にもう一度会うことができたらなぁって思うはずね。
さすがに自分でも、どんだけ未練タラタラなんだよって思ってるわ。
それでも全身全霊を賭けて大好きな彼女だったのよ、アタシにとってはね。
でも仮に将来、アタシが彼女に会うことができたとしても、そのときにはアタシも彼女もすっかり年を取っていて、そこに現れるのは彼女の面影を残したお婆ちゃんで、アタシがずっと記憶に留めている若くて美しい彼女とは程遠い姿になっているはずだから、ちょっと驚くことになるわね。
それでもアタシは、どんなに年を取った彼女に会っても、幻滅したりはしないと思うわ。
万感の想いを込めて彼女の手を両手で握ったまま、何も言えずに黙り込んじゃうわね、きっと。
そうやって最後に彼女の手を握ったまま息を引き取ることができたなら、アタシの人生はツライことも多かったけど、最後は笑ってあの世へ旅立てると思うわ。
そんなこと、実現するはずも無いけどね。
じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな
最上もがにも 逢ふこともがな
最上もが、って娘がいるの!
べつにいいわよ、知らなくて。




