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043.権中納言敦忠 「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」

はーい、じゃあ次は権中納言(ごんちゅうなごん)敦忠(あつただ)くーん。

こっちに来て作った歌を見せてくださーい。


お、来た来た。

キミは権中納言(ごんちゅうなごん)なのね。

中納言だったら、このクラスには行平(ゆきひら)くんや家持(やかもち)くん、兼輔(かねすけ)くんなんかが居たわよね。


でも、キミは権中納言(ごんちゅうなごん)なんでしょ?

中納言(ちゅうなごん)」と「権中納言(ごんちゅうなごん)」って何が違うの?

つか、「(ごん)」って何?


え?「(ごん)」は「権官(ごんかん)」のことなのね。


じゃあ「ごんかん」って何よ。

まさか、(ちから)ずくで女の娘にあんな事やこんな事をしちゃうとか?

まぁ、そんな(わけ)ないわよね。


「そりゃ強姦(ごうかん)だろ」ってアタシ、自分でボケて自分でツッコんじゃおうかしら。


でもそんな役職があるんだったら、アタシもなってみたいわね。

え? もちろんウソに決まってるでしょ。

無理やり、なんてのはアタシのポリシーに反するからね。


なぁに?「(ごん)」は「仮」の意味なの?

ふーん、正規の定員数を越えて官職を任命するときに付けられるんだ。

じゃあ補欠みたいなものかしら。


それとも、定員オーバーするのを知りつつ、ゴリ押しで推しメンをねじ込む感じかしらね。

まぁでも、仮とはいえ中納言は中納言よね。

大した出世だと思うわ。


ところで、キミの本名は何ていうの?

へー、藤原敦忠(ふじわらのあつただ)っていうんだ。


一応、キミのお父さんの名前も聞いておこうかしら?

うんうん、お父さんは藤原時平(ふじわらのときひら)なのね。

なーんか聞いたことあるような無いような名前だけど。

まぁ、いいわ。


じゃ、さっそく作った歌を見せてちょうだい。


()()ての のちの(こころ)に くらぶれば

(むかし)はものを (おも)はざりけり


ふーん、これはローキック系の歌ね。

「けり」は詠嘆(えいたん)で「だなぁ」ってやつよ。


()()ての」っていうのは何? 会って見るの?

え?「男女が逢瀬(おうせ)()げたり、(ちぎ)りを結ぶ」って意味なの?


なーにキレイ事を並べてお茶を(にご)そうとしてんのよ。

早い話が、セックスしたってことかよ。

このエロ権官(ごんかん)が。

素直に「ヤりました」って言えよ。


え? アタシ、何も言ってないわよ?


「のちの心に くらぶれば」は「後の心に比べたら」って意味でいいわよね。

つまり「セックスした後の気持ちに比べたら」ってことね?

……うっせーわ。

死ねばいいのに。


「昔はものを 思はざりけり」は?

「昔は何も思っていなかったなあ」ってこと?


じゃあ、キミが言いたかったことは、

「セックスした後の気持ちに比べたら、セックス前は何も思っていなかったなぁ」

ってことね?


(さる)か、お前は。

何だかこの歌、無性(むしょう)に腹が立つわね。


……なーんて、無性(むしょう)に腹が立つとか言ってみせたけど、本当はアタシが腹を立ててる理由って、自分でもよく分かってるのよ。


どうしてこの歌が腹立たしいかというとね、この歌がアタシの古傷(ふるきず)(うず)かせるからなのよ。

それと同時に、いろいろと過去の想い出が(よみがえ)ってくるのよ。


アタシ、リアルだと男だって前にも言ったわよね。

また本題から外れちゃうけど、よかったら、ちょっとアタシの話を聞いてちょうだい。

でも、アタシはここではアタシっていう女の設定だから、その口調で語っちゃうけどね。


話はアタシの高校時代に(さかのぼ)るわ。

当時、アタシは同じ学校で同じクラスの女の()と高1の9月から付き合ってたのよ。


あ、言い忘れたけど、アタシが通ってた高校は普通コースと理系コースってのに分かれていて、アタシとその()は理系コースのクラスに所属していたの。

普通コースと理系コースとは入学試験の段階から別々に分かれていて、その名の通り、理系志望の生徒が理系コースを受験するのよ。


この二つのコースの違いは、簡単に言えば、普通コースは通常カリキュラムで、理系コースは理系科目を増やす代わりに文系科目を減らしたカリキュラムで授業が行われるってことね。

これまでも、ところどころでアタシが理系の人だってアピールしてたけど、これってリアルな話なのよ。


で、普通コースは1学年に5クラスあったんだけど、この理系コースってのが1学年に1クラスしか無いわけ。


これがどういう状況か分かる?


つまり、高1の入学から高3の卒業までクラス替えが一度も無くて、ずーっと同じクラス、ずーっと同じメンツで過ごさなきゃいけないってことなのよ。


まぁ結果から言えば、卒業までずーっと同じクラスで同じメンツっていうこの状況が、後々(あとあと)アタシの精神を(けず)り続けることになるんだけど、それはもうちょっと後の話ね。


で、アタシはその付き合ってた()のことが、もう本当に大好きで、当時アタシは高校1年生だったけど、将来結婚しようって本気で思ってたの。

結婚しようって思ったら、やっぱりいい会社に入って、二人で裕福な暮らしをしたいと思うでしょ?


それに、もしアタシが中小企業に就職なんてしたら、彼女は自分から離れて行っちゃうような気がしたのよ。

彼女が男にすごくモテることをアタシも知ってたから。

もしも彼女が一流企業のエリートなんかに言い寄られたら、アタシがそんなんじゃ太刀打(たちう)ちできないし、なにより自分が(みじ)めじゃない?


で、アタシは一流企業に入るために、まずは一生懸命勉強して一流大学に入ろうって考えたの。

具体的には、慶応大とか早稲田大の理系学部にね。


でもアタシって、普通に勉強して一流大学に入れるほど、頭のデキがよくないのよ。

つまり、必死に勉強しないと一流大学になんて入れないの。


だから、それから先はもうホントにずっと必死で勉強したわ。

高2の夏休みなんて、アタシ毎日、1日17時間勉強してたのよ。

食事と入浴と睡眠以外はずっと勉強してたわね。


普通の高校生だったら、高2の夏休みなんて

「来年は受験勉強しなきゃいけないから遊ぶなら今のうちだ」

とか思ってる頃でしょ?


勉強してる人がいたとしても、

「来年から本格的な受験勉強が始まるから、それまでに苦手な科目を(つぶ)しておこう」

とか、そういう意識で勉強してたんじゃないかしら。


でもアタシは違うのよ。

今から必死に勉強しなきゃ一流大学なんて絶対入れないし、そうなったら彼女と結婚できないし、別れなきゃいけなくなる、って本気で思ってたの。

切実さが違うのよ。


当時のアタシには「自分は彼女と会う時間を(けず)って勉強してるんだ」っていう自覚があったから、まともな休憩時間さえ無かったわね。

ちょっと休憩したくなると、「休憩する時間があるなら彼女に会いに行けよ。会いに行かないなら休憩すんじゃねーよ」って声が心の中で聞こえるのよ。


アタシはそんな脅迫観念にずっと(とら)われてたから、ゆっくり休むこともできなかったわ。

まぁ逆に言えば、そういう精神異常でも起こしていなければ、1日に17時間勉強するなんてとても出来なかったと思うわね。


おかげで学校の成績は、学年トップのレベルまで上がったわ。(って言っても、アタシが通ってた高校は偏差値が普通レベルの高校だったから、全国的に見たら全然大したことないの)


でもこれって、アタシが一流大学に合格するまで彼女を()ったらかすことになるわけよ。

普通、高校生のカップルって、夏休みになったらいろんな所へデートに行ったりするものじゃない?

そこそこエッチなこともするわよね?


でもアタシにはその余裕が無いのよ。

簡単に言えば、禁欲生活ってやつね。

彼女と楽しく過ごす時間を、アタシは封印したの。


当時のアタシは「高校生活をすべて棒に振ってでも一流大学に入って、どうしても彼女と結婚したい」っていう一心だったわ。

だから、ステ振り(ステータス振り分け)でパラメータを勉強時間に全振りしたのよ。


実際、彼女に割り当てた時間は0(ゼロ)だったわね。

どうせ学校で毎日顔を合わせてるから、それでいいだろうっていう油断もあったの。

当初はそれでも大丈夫と思えるくらい、お互いの気持ちを確かめ合うことが出来ていたのよ。

当初は、ね。


でも、そういう生活をずっと続けていると、彼女の方に不満が()まるのよ。

まぁそれはそうよね。

アタシが彼氏らしいことを何もしてないんだから。


でもアタシだって、他のすべてを犠牲して必死に勉強してるわけよ。

だから、彼女もそれを分かって我慢してくれるだろうと思ってたのよ。

「アタシの我慢に比べたら、そっちの我慢の方がよっぽど楽だろ」

とか勝手に思ってたわけ。


で、そうこうするうちに、そういうアタシの態度が伝わったのか、単に彼女の我慢が限界に達したのか分からないけど、あるとき彼女が電話で、「他所(よそ)のカップルはどうのこうの」とか「少しはアタシの身にもなってよ」とか、いろんな不満を言ってきたのよ。


でもさっきも言ったけど、アタシにはそんな余裕なんて無いのよ。

たぶん「高校卒業まで我慢してくれ」って答えた気がするけど、そこはハッキリ覚えてないわね。

けど、それでもまだ彼女がごちゃごちゃと言ってきたの。


それでアタシ、「しばらく距離を置こう」って言ったのよ。

このセリフを言ったことはハッキリ覚えてるわ。

いま考えれば、そんな事は言うまでもなく二人の間にはもうとっくに距離が出来ていて、勉強に一生懸命だったアタシがそれに気付いていなかっただけなんだけどね。


もちろん、アタシは「別れよう」っていうつもりで言ったんじゃないのよ。

そんな遠回しで文学的な言い方を、理系のアタシがするかっての。

ただ「勉強に集中させてくれ」「高校卒業まで待ってくれ」っていうつもりで言ったのよ。

だって、アタシは彼女と結婚するためだけに必死に勉強してるんだから。


彼女は黙って電話を切ったわね。


で、アタシは彼女がしぶしぶ納得してくれたものだと思って、そのまま変わらず必死に勉強を続けてたの。

そしたら、それから1ヶ月も()たない頃かしら。

「彼女が同じクラスのYと付き合い始めたらしいぞ」って、友達がアタシに言ってきたのよ。


この時のショックは一生忘れないわね。

信じられないっていう気持ちと、目の前が真っ暗になる感じが、同時に襲ってきたわ。

まさに(ひざ)から崩れ落ちるような感じね。

まぁ、このときアタシはイスに座ってたから、そうはならなかったけど。


「何かの間違いだろ」と思って、その日の夜、アタシは彼女の家に電話を掛けたわ。

この時でさえ、アタシはまだ、彼女がずっと自分を待ってくれているものと信じていたのよ。

アタシはあの日から彼女とは口を聞いてなかったし、さよならの言葉も聞いてないから、詳しい状況なんて把握できてなくて「まさかそんな事あるはずない」と思ってたわ。


それでアタシ、彼女に半信半疑で「いま、Yと付き合ってる?」って聞いてみたの。

そんな(わけ)ないよなって思いながら。


そしたら彼女、最初は「え?」って驚いてたけど、しばらく黙ってから、観念したみたいに「うん。そうね。付き合ってる」って言ったのよ。


その後、アタシ、何を話したか覚えてないわ。

頭の中が真っ白だもの。


でも、混乱しながら彼女に何かを聞いたんでしょうね。

どんな言葉で何を聞いたか思い出せないけど、「あなたには関係ないでしょ」って彼女に言われたことだけは、今も鮮明に覚えてるわ。

そのときの彼女の声は、いまだに耳に残ってるわね。

正確な日付も覚えてないけど、だいたい高2の終わり頃の出来事ね。


それから先は地獄の日々よ。

Yと彼女は大っぴらに付き合い始めたわ。

同じクラスにいるアタシは、卒業するまでずーっとそれを見せつけられるわけ。

アタシは、まだ彼女のことが大好きで、(あきら)めきれないのに。


それからしばらくして、高3の夏頃かしらね。

学校での彼女の身なりや態度に変化が出てきたの。

別に意識してチェックしてる(わけ)じゃないけど、何しろ同じクラスでずーっと同じ教室に居るわけだから、どうしたって視界に入ってくるじゃない?


彼女、上履きの(かかと)を踏み潰すようになって、言葉遣いも荒くなってきたのよ。

それがYの影響だってことはすぐに分かるんだけど、その他にも(心情的にアタシはYと彼女との関係について直接的な表現をしたくないからボカして書くけど)二人がまぁそういう関係を持ったんだってことが不思議と分かるのよね。


これって何なのかしらね。

たぶん、その時点で2年以上もずーっと同じクラスに居て毎日見てきたからだと思うけど、オーラが変わるっていうか、彼女とYとの間に流れる空気が変わるっていうか、うまく表現できないけど、それが不思議と分かるのよ。


そういう関係って、本当はアタシが彼女に対して、そうなりたいと思っていた関係そのものなのよ。

あー、ボカして書いてると、ちょっと何言ってるか分かりづらいわね。


つまり、アタシは彼女とそういう関係になりたいという気持ちを抑えて、二人の将来に夢と希望を託して必死に勉強してたのに、それをYに丸ごと奪われたようなものだってことよ。


イチゴのショートケーキで例えると、最後に食べようと思って大事にとっておいたイチゴを急に横取りされて食べられたようなものかしら。

やっぱり分かりづらいわね。


……ゴメンなさい、ちょっと感情が抑えられなくなってきちゃった。


彼女に対してあんまりこういう表現はしたくないんだけど、この件について直接的(ストレート)な言い方をすると、アタシだってその気になれば彼女の処女(バージン)を奪えたけれど、それは自分が一流大学に入学して二人の将来にメドが立ってからにするべきで、そうすることが大好きな彼女に対する礼儀でもあり、アタシが守るべきポリシーだと思って先送りにしていたら、Yにあっさり奪われたってことなのよ。


Yの性格ってアタシから見ればチャラい性格だから、きっとそういう行為に及ぶことに何の躊躇(ちゅうちょ)も無かったんだと思うわ。

そしてそのことが余計にアタシを苛立(いらだ)たせるのよ。


その日以来、

「こんなことになるならアタシが彼女の処女(バージン)を奪っていれば良かった」

っていう後悔の念と、

「それは結果論で、当時のアタシの考え方は間違っていなかった」

っていう自己肯定の念とが、アタシの頭の中でグルグル回り続けているわ。


……で、話を元に戻すんだけど、さっき敦忠(あつただ)くんが()んだみたいに、

「セックスした後の気持ちに比べたら、セックス前は何も思っていなかったなぁ」

って言われちゃうと、この時アタシが持っていた彼女に対する律儀で純粋な恋心が踏みにじられたように感じちゃうわけよ。


だって、この当時の状況で言えば、「アタシの彼女に対する気持ち(イコール)セックスする前の気持ち」で「Yの彼女に対する気持ち(イコール)セックスした後の気持ち」だから、「Yの彼女に対する気持ちに比べたら、アタシの彼女に対する気持ちなんて、何も思っていないに等しい」って言われてるようなものじゃない?


そんなの絶対、納得できないわよ。

だいたい、セックスする前と後とで彼女への気持ちが0から100に変わるとか、人格を疑うレベルだわ。


それに何より「セックスした後の気持ちに比べたら、セックス前は何も思っていなかったなぁ」っていう言い方は、ものすごく童貞の心に刺さるのよ。

もちろん悪い意味で。


だって、童貞にセックスした後の気持ちなんて分かる(わけ)ないじゃないの。

つまりこの歌は、童貞の恋愛感情を全否定してるような歌になっちゃってるのよ。


また余計なカミングアウトをしちゃうけど、アタシはこの事があったせいで(っていう理由付けが正当なものかは分からないけど)、ともかく結果的に童貞を20代後半まで引きずってるからね。

童貞だった当時のアタシの心境を振り返ると、どうしてもキミの歌には反発したくなるのよ。


……というわけで、権中納言(ごんちゅうなごん)敦忠(あつただ)くん。

先生の目を見てちょうだい。


キミの歌は最悪だわ。

こんな歌を()んだキミは、絶対長生きしないから。

つーか、アタシと日本中の童貞が許しません。

38歳で(もだ)え死ぬといいわ。

それがキミの運命だから。


じゃあ最後にアタシの感想を付け加えておくわね。


()()ての のちの(こころ)に くらぶれば

(むかし)はものを (おも)はざりけり

それはおそらく 解離性健忘(かいりせいけんぼう)

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