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9.エリーゼ、服従を誓う

「御機嫌よう、アイリス様!」

「は、はぁ……」


 学校から事の説明が家に行き、心配した両親から数日休まされたアイリス。週開けに登校した彼女を、校舎の玄関で待ち受けていたのはエリーゼの満面の笑みだった。


「先日の御無礼……ひらにご容赦くださいませっ!」


 そして会うなり地べたに頭をこすりつけて平伏してくる。周囲からまたもひそひそ声がこちらに向く。


「お、おい見ろ。あの生徒会広報で、侯爵令嬢のエリーゼさんが、鈍くさアイリスに頭下げてるぜ」

「あの噂って本当だったんだ……。エリーゼさんと彼女が引き分けて、お互いに友情を交わし合ったって。でも何だか、エリーゼさんの方がへこへこしてるような……」


 この休みの間にリックスが何かをしたとしか考えられない。


「ち、ちょっと止めてください、頭を上げて! エリーゼさん」


 非常に気にはなったが、アイリスは慌てつつとりあえず彼女を立ち上がらせる。するとエリーゼは両手を握り締め、潤んだ瞳で彼女を見つめてきた。


「そうは参りませんわ、わたくし改心いたしましたの……。あなた様のような超を越える実力者に戦いを挑むなどなんと愚かしいことを。身の程を弁えぬ私めにどうか、罰をお与えくださいませ」

「も、もういいですから立って下さい! 二度と私たちに危害を加えないって約束して下さるなら、私ももう気にすることはありませんから!」

「ああ、なんとお心の広い御方……。ならば決めましたわ、私この同じ学び舎に在籍する間はあなたに誠心誠意をもって、奴隷の如くお仕えいたします。何でもおっしゃってくださいませ。カバン持ちも致しますし、靴の裏でも何でも舐めますわ!」

「いらないです!」


 ぞっとしながらアイリスが彼女から逃げるように玄関を歩くと、途中でリックスが並んできた。


「なかなか面白いことになってるじゃないか」

「全然面白くありません! 一体何をしたんですか……」

「秘密」


 リックスはそっと唇に指を寄せて笑った。アイリスは極力目立ちたくないのに、リックスと知り合ってからこんなことばかりだ。ミレナにも何を言われるか……いや、それは別に言われても嬉しくないことも無いが。


「これで生徒会にツテができたな」

「あんなツテ嫌です!」

「お待ちくださいませアイリス様~!」


 後ろから迫るエリーゼに追いつかれまいと早足になりつつ、アイリスは内心でどうしてこうなったと涙を流していた……。




 ――そして放課後……甚だ不本意ではあったが、アイリスはリックスに招かれ、エリーゼと共に例の高級喫茶店に赴いていた。彼女から情報を得るためだ。


「おふたりのお役に立てるなんて、なんて光栄なことかしら。何でもおっしゃってくださいませ!」


 ニッコニコのエリーゼを前に、アイリスとリックスは顔を寄せ合う。


(どうするんです? この人、信用できるんですか?)

(大丈夫だと思うよ。俺が今度はしっかり言い含めたし……まあもとよりそんな事をする必要も無かった気もするけどな)


 リックスがこうは言ったものの、これはミレナの進退に関わって来ることだ。それでもアイリスは信用できずエリーゼに告げた。


「これから話すことは非常に重要な秘密になりますから、あなたに誓約魔法を掛けさせてもらいますが構いませんか? もし不安があるなら、今すぐ帰っていただいて結構です」


 アイリスがわずかに魔力を解放すると、指先に闇魔法の光を宿しエリーゼに向ける。脅すように声のトーンも下げた。


「今から話す内容を誰かに口外すれば、すぐに私に知れます。そうすれば遠隔であなたを苦しめることも可能ですが、どうしますか? なんなら少し考えてからでも……」


 すると彼女はぞくぞくした表情で嬉しそうに言う。


「いいえ、その魔法謹んでお受けいたしますわ! アイリス様の魔法をこの身にお受けできるとはなんて光栄! 準備はよろしいですわ、さあ存分にお掛けになってくださいまし!」


 喜んで両手を広げるエリーゼ。本当に何をやったのかとアイリスはリックスに目線で問うが、彼はこう言った。


「彼女、強い人間が好きなんだって。俺に目を付けたのもそうだし、あんたの妹さんを苛めてたのは、生徒会長が自分よりも妹さんを気に掛け始めたから、嫉妬したんだってさ。そうだよな、エリーゼさん」

「その通りですわ! アイリス様と言う圧倒的な存在が現われた以上、他の方などはっきり言ってクソザコですわ! どうでもよくなってしまいました。世の中強きものが正義! 男か女かなど私に小さきことなのです!」

「……そうですか」


 アイリスは自分も大抵おかしい方だとの自覚はあるが、彼女もまた他人には計り知れぬ行動原理で生きているらしい。


 まあこう言われては仕方ないのでアイリスは、さっさと彼女の首に指を当て、魔法の輪を形作った。そのまま誓約の内容を読み上げると、すっと首の中に闇色の輪が消えてゆく。


「誓約はここに為されし……。では以後気を付けてくださいね。何かあったら本気で絞めますから」

「約束は必ずお守りいたしますわ! いやでもあえて破ればアイリス様の魔法を……愛を身近に感じることができる?」

「止めてください。愛なんて入ってません……」


 ぶつぶつ怖いことを呟くエリーゼを見て、疲れた顔をしたアイリスの肩をリックスが叩く。


「そうだぞ、アイリスが向ける愛は妹さんに八割と、俺に二割で全部だ」

「あなたにも渡してませんよ……そんなもの」

「そうなの? 俺の方は最近君に結構気に入ってもらえるよう努力してるつもりなんだけどな」

「からかうのはよしてくださいよ……。私には今、ミーちゃんの事以外は考えている余裕は無いんです!」

 

 いい香りをさせて、顔を近づけて見つめてくるリックスを、アイリスはぐいと押しやる。


「へぇ……学内でもちらほら噂は聞いてましたけど、おふたりは本当にいい仲なんですのね。応援させていただきますわ!」

「どうもどうも!」

「だから違いますってば!」


 にっこりと微笑むエリーゼに、照れたように頭を掻くリックス。アイリスはこの場で誰かひとりでもいいから、自分の気持ちを分かってくれる人がいてくれたらと願った。

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