8.決闘の儀
すぐに一日は過ぎ、胃の痛い思いをしながら授業を受けた放課後。今アイリスは校庭の真ん中に立ち、風に吹かれている。
対面ではエリーゼが慇懃な笑みで見下し、両者の間には教師がいる。二学年の学年主任の男性教師だ。
「では、ふたりとも本当にいいのか? 今なら申し出を取り下げることができるぞ」
「もちろん構いませんわ」
「私としては取り下げてもらいたいところなんですが……無理そうなんでもういいです」
教師の手にはふたりが記名した書類がある。そこにはどんな形で決着が付こうとどちらも文句は言わないことと、敗者の学籍を抹消するというふたつの文が書かれている。
大勢の物見高い生徒が詰めかけるのに紛れ、リックスもそれを眺めている。彼はアイリスに向けて手を振ってきたが、完全に無視する。
「決着がついたと判断したら私が止める。ではふたりとも、正々堂々戦うことをここに宣言せよ」
「誓いますわ!」「……誓います」
「では……決闘開始!」
ああ……本当にこんなことになってしまうとは、と嘆きながら、アイリスは抑えた魔力でバリアを作り、相手の出方を窺う。能力を落とした今の状態では平凡な学生と同程度の魔法しか使えない。そんな中、どうやってこの魔法学校でも上位に位置する生徒会メンバーの攻撃をいなすか。
「行きますわよ!」
エリーゼは火の魔法が得意なのか、ファイアボールを連射した。ひとつひとつがかなり大きく、十本の指それぞれで、いくつもの火球を違う軌道で操作する器用さはさすがだ。苦労するがなんとかバリアを重ねて弾く。
「へえ、意外とやりますわね。ではこれはどう?」
「うひぃっ!」
弓をつがえる仕草から、彼女は特大の炎の矢を放つ。これは今の魔力量では防げまい。アイリスは足に魔力を集め大きくジャンプする。なんとか避けられ、後ろの地面で爆発が起こり観客が叫ぶ。
「うまく避けるじゃない。でも逃げていても一生勝てませんわよ!」
(そんなことわかってるけど……)
もう一度あの弓を放つには魔力を集めるのに時間が掛かる。アイリスも今度はこっちから、手のひらサイズのしょぼいダークボールを作ってエリーゼに飛ばした。
「闇魔法だなんて珍しい。でもうっとうしいだけ……根暗なあなたにお似合いですわね!」
まるで蝿を払うようにそれは消され、再度反撃が来る。火の玉を防ぎつつも、アイリスはやはり防御に徹して魔力切れを狙うのがよいかと、そう思っていた時だった。
「ふふふ……あんたがいなくなった後、リックス様は私が手に入れるわ。そしてさっきはああ言ったけれど、ミレナにもきついお仕置きが必要ね。生徒会に居るのは許してあげる。でも在学中はずうっと私の奴隷としてこき使ってあげる。次期生徒会長なんてさせないわ、その地位にはリックス様がふさわしいんだから」
「……は?」
エリーゼの言葉の中に、ミレナを害する意思を感じた瞬間アイリスの頭のネジが弾け飛んだ。
(こいつはミーちゃんの敵だ。ただではおかない……潰す!)
「やめろアイリス!」
「な、なに……? 何ですのこれは……!?」
「なんだ……何が起きた!? おい、お前たち、一旦試合を止めなさい!」
リックスの制止も空しく、ぶわっと彼女の体から闇の魔力が噴き出し、黒雲となって校庭を完全な闇で包む。男性教師も動きは見えていないようで、慌てる声が聞こえた。
だが視界を奪ったアイリスだけにはエリーゼが動揺するのが見えていた。魔力を足に溜めて瞬時に近くまで移動し、エリーゼの首を掴んでギリギリ締め上げる。
「ねえ、今なんて言ったの? ミーちゃんをどうするって?」
アイリスのどすの効いた声にエリーゼが怯んだ。
「ひっ……ば、化け物! 何者なのアイリス・トゥール、こんな魔力、会長だって……」
直接触れられてわかる膨大な魔力に涙を流し、強く震えるエリーゼ。アイリスはその首に指を食い込ませたまま、自分の制服のリボンを抜いた。よく見えるよう、自分たちの周囲だけ闇を遠ざけてやる。
「ミレナに何かしたら、あなたの存在ごと消しちゃいますよ。こんな風になりたいですか?」
ざふっと……それはアイリスの握り締めたそばから魔法で塵に変わって消えた。エリーゼは恐慌しながら懇願する。
「いっ、嫌ぁぁぁぁ! お、お願い殺さないで! も、もう何もしません! 一生あなた方……アイリス様とミレナ様に忠誠を誓いますから! だ、だからお許しください! 命だけはお助け下さい!」
「約束ですよ」
アイリスは彼女に微笑みかけ、とどめに長い赤髪を一房だけ掴むと、目の前で塵に変えて見せる。するとエリーゼは、ブクブクと口から泡を吹き、白目を拭いて失神した。
(あっ。……あ~あやっちゃった。どうしようかな。もう……これしかない!)
そこで我に返ったアイリスは頭を抱え、その場で倒れたエリーゼと同じように自分も死んだふりを装った。魔力を元通りに押さえ、闇が晴れると教師とリックスが駆け寄って来る。
薄っすら目を開けてみると周囲は氷の壁で覆われている。リックスが得意の氷魔法で野次馬からは見えないようにしてくれていたらしい。
「おい、どうした。大丈夫かふたりとも!?」
目を覚ます様子が無いエリーゼと気絶を装うアイリス。何が起こったのか分からない様子で教師はうーむと唸った。
「一体何が……。魔力が暴走して相打ちになったのか? これでは決闘どころではないな。この勝敗は一旦無効とする。リックス、手伝ってくれ、彼女たちを医務室に運ぶぞ」
「はい」
野次馬たちがざわめく中、リックスの腕の中でしばし意識の無いふりをするアイリスに、彼は囁きかけてくる。死んだふりはどうやらバレているらしい。
(何らかの事故ってことで片付きそうだな。狙ったのか?)
(……いいえ。どうにかして戦闘不能には追い込むつもりでしたが)
(ま、後はまかせておきなよ。俺が上手く納めておくさ)
ウインクする彼にアイリスは、(こうなったのは半分以上あなたのせいなんですけどね……)とこっそりため息を吐くと、引き続き厄介事が増えそうな予感がしてがくりと首を落とした。




