5.手つなぎスマイル
午前の授業が終了し、教室でアイリスが家から持って来たパンをあんぐと頬張ろうとしていた時。急に外の廊下でざわめきが起こる。
彼女が目をやると、そちらにできた人混みから、ひとりの少年がこちらに入ってきて目が合う。
「アイリス、一緒に食事にいかないか」
「リックス様? へ、なんで私?」
「いいから」
「ちょ、ちょっと~」
リックスはアイリスの腕を強引に掴むと、「ごめん、彼女とは友達なんだ」とか言いながら人だかりに道を開けてもらい、彼女を連れ出す。
後ろの女生徒たちから「なんでリックス様があの根暗アイリスを?」とか「嘘でしょ!? 誰か、何があったのか知ってる人!」とか、騒ぎ声が聞こえ、慌ててアイリスはその手を離させた。
「止めてくださいよ! 変に注目を浴びちゃうじゃないですか!」
「ああ言っておけば、大抵の奴はあんたに手を出してこないよ。これからは頻繁に会わなきゃいけないんだから、変にひた隠しにしてると余計噂が立つだろ」
「それはそうかも知れませんけど」
「いくら妹を立てるためと言ったって、今のあんたの地位は低過ぎだ。もう少し普通にしたっていい」
「はぁ……」
渋々後ろに続き、食堂の一角に落ち着くと、リックスは奢ってくれるらしくアイリスを座らせ、何か食べたい物はあるかと聞いた。彼女が首を振ると仕方無さそうに首をすくめ、順番待ちの列に並びに行くリックス。そんな彼には周りから熱い視線が注がれている。
(いいのかな。王子様にあんなことさせて……)
そんなことを思いつつ、アイリスはそれとなく周囲を観察する。
この中に第一王子アルファルド襲撃の犯人がいるかもしれないと聞いたのは昨日のことだ。リックスは、いくつかの候補地の中で、魔法学校が一番潜伏の可能性が高いとまで言った。
普段食堂に来ることが無いアイリスが大勢の姿を見るのは、これを除けば全校集会や大きな催し事の時くらいなので、一応周囲を確認しておくことにする。この国で百人にも満たない宮廷魔術師クラスの魔力を持つリックスも見つけられなかったのだから、期待薄だが……。
(一瞬だけ……)
アイリスは自分の縛りを一瞬だけ弱め、魔力を繊細なコントロールで目に集中させた。大きな魔力を持つ者か、その魔力を隠している者を探す。
(そう言えば、どうしてリックス様は私が魔力を隠していることに気付けたんだろう。今まで誰にも見つからなかったのに……あっ)
そんな考えは、大きめの魔力の反応に頭の隅に追いやられた。
(ひとり……いた)
アイリスはバレないように見たつもりだが、気配を感じたのかその人物はハッとこちらを振り向いた後、辺りを見回す。リックスよりは少ないが、大きめの魔力を持った赤毛の少女はアイリスでも知る、確か生徒会に所属している人物だ。とりあえず他には見つからなかった。
(そっか……。確かに生徒会の人なら大きな魔力を持っていてもおかしくはないかな。後は、あんまり考えたくないけど、先生たちも魔法省から派遣された人物だし……)
「どうした? ぼうっとして」
考えをまとめようとしていたアイリスの元にリックスが帰ってきて、ふたつ持ったトレイを前に置き、女生徒たちのトゲついた視線が横顔に刺さってくる。これも妹を守るためだと堪えつつ、アイリスは彼とぼそぼそと会話する。
「手掛かりって、犯人が使った魔法だけなんですよね?」
「ああ、魔紋を見られればおそらくわかる。特徴は聞いているからな」
「魔力を意図して隠していないのなら、普通に考えたら、先生方か成績優秀者――生徒会とかの人間が怪しいってことになっちゃいません?」
「だろうな。教師方については大体、授業で見たが怪しいものはいなかった」
となると、怪しいのはやはり生徒会かと、アイリスはシンプルなチキンライスをつつきながら考える。リックスは一度勧誘はされたものの、生徒会に入るつもりは無いらしいし、接触を図るのが大変そうに思える。
ちなみに魔紋はそれぞれの人間に流れている魔力を拡大すると分かる、特殊な文様のこと。これが同じ人間は一人としていないので、魔法を使うところさえ見れば、特定は可能になるはずだ。
「となると、あれを待つのが一番ですね。魔法祭」
「だな」
夏休みの前に行われる王国立魔術学校の一大イベント――魔法祭。この祭りでは全生徒が部門ごとに己の修めた魔法を駆使し、覇を競う。ここで入賞すれば内申書はばっちり、将来魔法省からお呼びがかかる可能性は絶大なのだ。生徒たちに手を抜く者は一人もいないだろう。
「それじゃ、それまでは様子見ですか?」
「積極的な捜索はしづらいな。時間があったらそれとなく校内を見て回ろう。お前にも魔紋の情報を渡しておく」
「あうっ」
アイリスの額にピンと指が付きつけられ、頭の中に明確な図案が浮かんだ。それを記憶に留め置いたのはいいが……。
「ちょっと……誰あのイモ女、なんでリックス様とイチャイチャしてるのよっ!」
「許せない許せない許せない……。どぶ沼に沈めてやりたい」
怨嗟に満ちた女生徒たちの声が遠巻きから放たれる。
困ったアイリスはその手を振り払おうとしたが、リックスをそれをひょいと掴むと、恋人つなぎにして周囲に手を振り満面の王子様スマイルでアピールした。アイリスは真っ青になり、囁き声で抗議をぶつける。
(なっ、なにしてくれてんですかっ!! 訴えますよ!?)
(はっはっは、こうして話を大きくしときゃ、いい隠れ蓑になるだろ。それにわりと俺、あんたと一緒に居るの嫌じゃないよ?)
そんなことを言われたのは初めてで面食らいつつ、アイリスは列に並んでいたミレナがこちらを見て顔を背けたのに気付いて、泣きそうな顔をする。
「ああ、ミーちゃん違うの、これは誤解なの。もう、離してくださいっ!」
「はいはい」
パッと手を離して苦笑するリックスを睨みつけて席を立つと、アイリスは食堂の出口に突っ込んで行った。
「ブレないなぁ……」
そしてひとり残されたリックスは、こんな時にも一心に妹のことだけを考えている彼女に感心しつつ……少しだけ男としての自信を無くした。