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4.アイリス・トゥールの事情(リックス視点)

 王城の私室で俺――リックス・レイメールはベッドに体を投げ出していた。少し体に震えが走っているのは、疲れでも、緊張のせいでもない。


 数年ぶりにアイリスに会い、興奮していたのだ。彼女の恐怖すら抱くほどの圧倒的な魔力の量に――。俺はつい数時間前の、喫茶店で話していた時の彼女の姿を思い浮かべる。





『――――なッ!?』


 アイリスが自分へかけた能力低下の魔法の出力を下げた時、噴き上がる闇が部屋を覆った。心なしか周囲の調度品まで震えるような、圧倒的な魔力。俺は無意識に自分の魔力を解放し、薄青の光で体を守る。


『あ、大丈夫ですよ、あなたに害は加えないよう調節してますから』

『なんだと……!? この量の魔力をすべて制御できているというのか!?』


 それは軽く見積もっても、王国の一般的な宮廷魔術師の十倍はある。十人いる宮廷魔術師の長と比べても遜色(そんしょく)ないレベルだ。しかし、怖ろしいことに彼女は事も無げに言った。


『これで、一割くらいでしょうか。もう少し上げますか?』

『一割だと!? やめてくれ! もういい……頭がどうにかなりそうだ』


 俺が制止すると、彼女はするっと魔力を納め、椅子にすとんと座る。俺はとんでもないものを見てしまった。(よわい)十六かそこらの少女が持っているのは、天災を起こせるくらいの魔力だ。おそらく国内随一の魔力量を誇るという魔法省長官ジョール・ブラントスをも遥かに上回る。


『今まで、それを誰かに見せたことは?』

『ありません。小学校くらいで人と違うことに気付いて、色々隠す方法を練習しました。両親も多分この事には気づいていないはずです』

『恐れ入った』


 思わずため息が出た。並大抵の努力で為せることではない。力が有ればひけらかさずにはいられないのが子供というものなのに、それも両親にも知らせず自分の胸の内に秘めて隠し続けるなど、何らかの強い動機が無ければ不可能だ。


『……妹のためか?』

『そうです』


 確かに、もしアイリスがこんな能力を持っていたと周囲が知っていれば、立場が完全に逆転するとまでは言わないが……確実にミレナは彼女の影に隠れることになっていただろう。


『ミーちゃんは、私の可愛い可愛い可愛い……いくら言っても言い足りないくらい可愛い妹だから、目一杯幸せな人生を送ってもらわないといけないんです。それには、こんな力邪魔だからこうして隠してるんです』


 彼女は袖を捲った。隠蔽の魔法を解いたのか、腕には三本の黒い腕輪が巻きついているのが見える。それぞれが、彼女の魔力、知力、運動能力を大幅に引き下げている。いわば呪いのようなものだろう。


 俺は今更ながら、彼女の顔に強い疲労を見てとる。もう何年もこんな風に自分の力を抑えるために魔法を起動し続けているなんて。下手をすれば寿命まで縮んでいるだろう。


『そこまでして……。いつまで、そんなことを続けるつもりなんだ?』

『少なくとも、ミーちゃんが王太子様と結婚して、幸せになるまでは』


 野暮ったい前髪の間から覗いた綺麗な黒い瞳は、ひたすら純粋に妹の幸せだけを願っている。俺は少し疑っていた自分を反省した。


 アイリスが兄の襲撃の実行犯である可能性もいくらかは視野に入れていたのだが、こいつが本気で兄を消そうとしたなら、もうすでに彼はこの世にいないだろう。


『お前の覚悟は分かった……。なら、協力して貰えるよな、実行犯探しに』

『もちろんです。ミーちゃんの幸せを阻む罪深い奴らは、私が塵になるまで分解してみせましょう』

『そ、そこまでする必要は無いんだがな。あ~、あのさ……ちゃんと命は助けてあげてね?』

『わかりました、地獄の苦しみを味わわせるくらいにしておきますね』

『よ、よろしく』


 瞳を暗くしてウフフと笑う彼女に、今後の段取りを説明しながらも、俺は口元の引きつりを隠せなかった。


 襲撃犯探しよりこいつの手綱を握る方がよっぽど大変になるのでは……そんな考えがこの時、頭の中を支配していたのだ――。




「ま、気持ちは分からなくもないけどな」


 自分より大切にしたい人間……俺にとってそれは兄だ。兄、アルファルド・レイメールは穏やかで……魔力や武力の才には恵まれなかったが、誰よりも人々のことを思いやれる人物だ。諍いの絶えない城の中でも彼の存在は光となって皆を照らしている。


 今では誰もが彼が上に立ち、国を導いてくれることを望んでいる。それをどこの誰かもわからない反逆者に邪魔されてたまるものか。


 そして同時に、アイリス自身のことについて相談に乗ってやりたいと強く思った。この国では魔法の才能があること、引いては生まれ持つ魔力の量が大きく地位に影響する。アイリスがその力を発揮していたなら、間違いなく兄の婚約者として選ばれたのは彼女だったはずだ。


 それを捨て妹の幸せを願ったのが正しいかどうか……決めるのは彼女自身だとしても、それでは、アイリス自身の幸せは誰が叶えてやれる。妹の幸せを見届けた後、何も言わずにひっそりと、どこかで人知れず人生を終えるなんて、彼女を少しでも知る者として、納得がいかない。


「そうはさせないよ」


 これからのアイリスの人生を、絶対に実りあるものに変える。そしていつか、彼女に昔の笑顔を取り戻させる……。そんなことを誓うと、俺は目を開けた。

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