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(おまけ)異界に飛んだふたりの話

 悪魔たちの巣食う異界に飛ばされたレヴィンとキャリーはその後、飲まず食わずで三日間を過ごし、心身ともにずたぼろになっていた。


 死ぬ思いで幾多の強力な悪魔たちを何とか協力して退けた後、キャリーの闇魔法ゲートで元の世界へと還りついたふたりは、その場に勢いよく倒れ込む。


「ハァ、ハァ……とんでもないことになったわ。死ぬところだった。もうこの魔法、二度と使わないから……」

「うぅ……ああ、爽やかな風が体に沁みる。お日様ってなんて温かいんだろう。見ろ、水だ水!」

「水ですって!? 水ッ! 水――!」


 さらさらと流れる透明な小川に走り寄ると、ふたりしてドバンと同時に顔を突っ込み、たらふく水を吸い込む。異界は真っ赤な血のような川が流れるだけの、ひたすら荒廃した土地しかなく、飲み食いできる物など何もない。まさしく地獄だった。


 爽やかな気持ちで川から顔を上げたふたりには、今世界がひどく輝いて見えている。


「ぷはっ! ……なんなの、この素晴らしい世界は。生命の息吹に満ち溢れているじゃない」

「い、生きているだけで幸福だと感じられるなぁ……。ところで、ここはどこなんだろう」


 周囲に生っていた黄色い三日月のような果実をもぎ取って齧りながら、ふたりは歩いていたひとりの農民に尋ねてみた。


「すまない君、あの……ここはどこなんだ?」

「あんたら、見慣れねえ服装してるだな。ここは、モンドレア王国のリンガスって村だべ」

「モンドレア王国……知ってる?」


 キャリーは呟き、レヴィンに尋ねる。だが彼も首を横に振った。


「困ったな……誰か、世界の地図を持っている人はいないだろうか?」

「ならば、村長にあんたらを紹介してやるだよ。来な」

「「ありがとうございます」」


 謙虚になったふたりは農民に仲良く頭を下げ、村長宅に招待されて地図を見せて貰う。彼の指は、地図の右端を指差している。


「ここがわし等の国だべ。んで、あんたらの住んどった国は……ここさ」


 村長の指がつ~っと動き、ふたりはそれを思わず凝視した。


「……嘘だろ」「そんな……どうして」


 それは見事に地図の反対側だった。レイメール王国は、今や年単位で旅をしなければ辿り着けそうにないほど遠い。幾つもの大海を越え、大陸を越えたその先だ。そんな長旅をできる資金など今の彼らにあるはずもない。


「何てことだ……」「ああ、神様……」


 がくりと膝から崩れ落ちるふたり。

 そんな彼らの肩を朗らかな笑顔で村長は叩いた。


「まあ、がっかりするでねぇ。もしこの村に住むんなら、暮らしの面倒は見てやるだよ、丁度若い衆が欲しかったとこでな――」


 結局キャリーとレヴィンは、その村で何年も過酷な農作業を務めることになった。毎日続く寝る間もないような貧しい暮らしに鍛えられた彼らの顔付きは、次第に諦めの微笑に変わっていった。




 ――それから数年。晴れて生まれた国に帰りついた彼らだったが……その頃にはふたりとも、以前とは似ても似つかない、まるで僧侶のような微笑みを絶やさぬようになっていた。


『神様は、全てを見ておられます。悪事はやがてこの身に苦難となって降りかかって来る。正しき道を歩むためには、日々悔い改めねば……そうですね、キャリーさん』

『ええ。我らは日々善行を……徳を積むことでしか、神様からお許しいただくことはできないのですわ。さあさあ今日も祈りましょうレヴィンさん』


 そうして彼らは実家に戻った後も非情に慎ましやかな暮らしぶりを好むようになり、決して誰にも遠い異国での経験を語ることはなかったという……。

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