3.力の解放
その後ふたりは校内から移動した。
ここは王都にある、メニューのどれもがが馬鹿高い高級喫茶店。本来制服で学生が入ることなど許されないそんな場所。
大人たちの目がこちらに向く。完全に悪目立ちしている気がするが、リックスは堂々としている。
「あの、いいんですか?」
「支払いはもちろん任せろ。なんでも頼んでいい」
(そうじゃなくて……)
彼は受付で何かを記帳中だ。きっと後でどこかに請求がいくのだろうが、問題はそこじゃない。
こんな自分などと、第二王子様が一緒に行動するのが間違っているのだとアイリスは思う。王族なのだから、付き合う人間は選ぶべき。噂になっても、彼にメリットはなにも無い。
もっとも彼はその辺りもちゃんと考えていたのか、これ以上見咎められる心配はないようだ。店員が用意してくれたのは貸し切りの個室である。
「ここなら会話が人に漏れる心配はない」
「そうですか……」
小心者のアイリスはそわそわしつつ扉を潜る。そして差し向かいでクッションの効いた椅子に座ると大いに困った。
なんとメニューには値段すら書いていない。何も頼まないのも失礼なのかと、アイリスはこわごわ桃のコンポート・生クリーム添えと紅茶を選び、リックスが自分用のコーヒーやシンプルなガトーショコラと共にそれを店員に頼んでくれた。
「あの、リックス殿下……」
「そうかしこまらないでくれ。同じ学生だろう?」
そうは言うが、一般人とさして変わらないアイリスとは違って、彼の挙動はさりげない気品に溢れている。仕草だけで人を魅了するいけない少年だ。
自分が妹にしか興味が無かったからいいものの、まともな婦女子だったらくらっと来ていたに違いない。気安く呼ぶなどあり得ない。
「それじゃ……リックス様で。事情をお聞かせ願えますか?」
「その前に、ここでの話は他言無用でよろしく頼む。もし明かせば、あんたの妹と俺の兄の関係が無くなる事と考えろ」
「絶対に話しません!!」
「いい返事だ」
アイリスがこうまで意気込むのも理由がある。妹ミレナと彼の兄である第一王子の関係――それは婚約者。実は今、ミレナは次期王妃候補という非常に素晴らしいポジションについているのだ。
それを自分のせいで不意にさせるなのど、アイリスにとっては何よりも罪深いことだった。彼女の様子に納得したリックスは、注文が届いた後頷くと、ついに事情を話し始める。
「……実は、あんたの妹君にも危険が及びかねないと言ったのは、実は第一王子の兄、アルファルドが先日、襲撃を受けたからなんだ」
「えっ……」
それほど大きな事件なら、噂になっていてもおかしくは無いはずだが、少なくともアイリスは聞いていない。妹が絡む話なら、彼女の耳に入らないはずはないのに。
「幸い兄に怪我はなく、悪戯に国民を動揺させるべきではない秘されたけどね」
「へえ……。犯人は捕まらなかったんですか?」
「そうなんだ。優秀な護衛の魔術師でも守るのが精一杯だった。今後、再三の襲撃も考えられる。だからあんたに協力してもらって、犯人をなんとしてでも捕まえたい」
「それは許せません」
アイリスはどうして自分がとはもう聞かなかった。もし第一王子アルファルドに何かあれば、ミレナとの婚姻に影響するかもしれない。彼女は立ち上がるとすっと瞳に影を纏わせて言う。
「情報を下さい。私が消します」
「おいおい、穏やかじゃないな。相手は殺し屋かもしれないんだぞ」
「関係ありません。ミーちゃんへの脅威はすべて私が排除します」
ギリリと指を握る彼女の目は本気だった。それに思わず気圧されつつも、リックスは口元をニヤリと歪ませる。
「なら、本気を見せてくれ。どの位の実力があるのかみたい」
「……わかりました。驚かないでくださいね」
やむをえずアイリスは、自分に掛けた、すべての能力を低下させる闇魔法の出力を下げ。
「――――なっ!?」
リックスの前で、闇色の魔力が噴き上がり、部屋を包んだ。




