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29.本当の気持ち

「――アイリス!!」


 どうしてか、眼下でリックスの声が聞こえた。アイリスは遺跡の上空に浮かびながらそちらに声を送る。


「リックス様! お願いします……下にミレナが! 助けてあげてください!」

「わかった!」


 きっと、エリーゼとリックスがジョールたちをどうにかしてくれたのだ。頼れる仲間たちに藁をもすがる思いでそれを伝えると、アイリスは異界の大悪魔に向き直る。


「お前だけは……私の手で倒す!」

「ググゥ……我ノチカラヲ、思イ知レ……!」


 懲りずに体当たりを仕掛けてくる悪魔を、アイリスは魔力の波動だけで防いだ。もう魔法を使う必要も無かった。魔力が自分の意思に反応し、自動的に敵を潰すのに最も効率のいい形に変化してくれる。仮に鉄でできていたなら、どれほどの重さがあるかもわからないほど、巨大な黒いハンマー。


 大悪魔も彼女の変化を感じ取ったのか、体をぶるりと震わせた。


「ナ、ナンダ……貴様ハ、ナニモノダ!」

「私はミレナのお姉ちゃんだ! それ以外の何者でもあるもんか! よくも……あの子を傷つけたなぁっ!」


 アイリスは大悪魔と自分の弱さに抱いた憎しみをそのまま力に変えてぶつけた。巨大ハンマーが悪魔の体を四方から滅多打ちにする。


「ギヒェェェーーッ!」


 大悪魔が逃れようとするものの、アイリスが魔力で張った結界がそれを封じる。


「キ、貴様! 異界ノ支配者タル俺様ヲ……コレデモ喰ラエ!」


 振り向いた大悪魔の中央で亀裂が入り、割れてできた口から極太の黒い光線が発射される。もし地上で発射すれば、あらゆる地形を貫通して雲まで貫きそうなの威力の砲撃。一瞬、世界からあらゆる音が消えた――。


「……アリエナイ」


 ……にもかかわらず、アイリスは平然とそれをどこかへ弾き飛ばし浮かんでいる。全力の必殺攻撃がかすり傷も与えられなかったことで心が折れたのか、大悪魔の体が大きく震え始めた。


「もう終わり? なら、今からはずっと……」


 アイリスの体が超高速でブレて、大悪魔の前に迫る。


「――お仕置きの時間です!」

「ギェアアアアアァァァァァ――ッ!!」


 天を貫くような後悔の咆哮が、王国全土を揺らした。





「リックス様! ミレナは……」


 瞬殺で片付けた大悪魔を結界に圧縮して封じこめた後、アイリスはすぐに遺跡に舞い降りた。すでにエリーゼも気がついており、足元に寝かせたミレナを覗き込んでいる。


 しかしリックスもエリーゼも顔を俯けるばかりで、何も言ってくれない。アイリスは、ゆっくりと彼女の元に近づく。


「ミレナ……?」

「……アイリス、済まない。俺たちの力では……何も」

「そんな……」


 がくっと、アイリスの膝が崩れ落ちた。彼女はミレナの冷たくなった手を握る。


「ミーちゃん……?」


 ミレナはもう、目を開けることはない。彼女は人形のように綺麗な、静かな顔で眠っている。アイリスは彼女の身体を膝の上に抱え上げ、涙をこぼした。


「ミーちゃぁん……。いつもみたいに、私を怒って……。何も言わなくていいから、目を開けてよ。どんなに冷たくされても……もう会えなくなったっていいから。あなたが生きていてくれるなら、私は……」

「アイリス様……」


 ミレナの小さな顔を、アイリスの涙がぽたぽた濡らす。リックスが奥歯を噛み締め、エリーゼが口元を押さえて顔を逸らした。


「――ソノ娘ノタマシイを、戻シテ欲シイカ」


 ザッと、後ろから足音がした。それを立てたのは、今まで後ろで動きを止めていた……ジョールに取り憑いた悪魔だ。リックスはすぐさま彼に詰め寄り、胸倉を掴む。


「できるのか!? ミレナさんを蘇らせることが!? ならやってくれ! 命でも、何でもくれてやるから!」


 だが悪魔はケヒヒと笑うと首を振る。


「必要ナイ。コノ男ノ体ヲ、先ニ頂イタカラナ」


 悪魔がミレナに近づき、アイリスが顔を上げる。


「ミーちゃんを、助けてくれるんですか?」

「オマエノ中ニ魔力ゴト移ッタ、ソヤツノ魂ヲ元ニ戻スノダ。ソノ代ワリ、仲間ノ身柄ハコチラニ渡シテモラオウ」

「そんなことどうでもいいですから、すぐにやってください!」


 真っ直ぐに見つめてくるアイリスの額に、悪魔は指を当てる。


「ソレホドノ、チカラヲ持チナガラ、弱者ヲ必要トスルトハ……人間トハ、ヨクワカラヌ」


 悪魔はそんなことを言うともう片方の手をミレナの額に当て、アイリスの体から何かが吸い出されてゆく気配がした。


(ミーちゃんの力が、私の中から消えてゆく……)


 眩い光が、ジョールの姿をした悪魔の腕から身体を通過し、ミレナの中に吸い込まれてゆく。


 そして……。


「……ぅ」


 ぴくっと、彼女の瞼が震えた。


「ミーちゃん!!」「ミレナさん!」「ミレナちゃん!?」


 三者三様の声を出し、彼らがミレナを覗き込む中、悪魔の手が離れる。


「コレデ、契約ハ果タシタゾ……」


 ミレナの顔には血色が戻り始め、再び温かい鼓動が脈打ち始めている。アイリスは悪魔に頭を下げた。


「あ、ありがとうございますっ……」

「フン……人間達ヨ。ワレワレモ学習シタ……人間ハ恐ロシイト。二度トコノ世界ニハ訪レルコトハ有ルマイ……」


 それだけ言うと、悪魔はジョールの体のままアイリスが封印した大悪魔を抱え、ゲートの魔法で異界への扉を開き飛び込んで消えた。


「……帰ったのか」

「そ、そういえば……キャリー会長はどうしましたの!?」


 エリーゼにリックスは、遺跡入り口で彼女に待ち伏せされたことを伝える。


「レヴィンさんと戦っていたはずだが、どうなったかわからない。それより……」

「ミーちゃん!? ミーちゃん大丈夫!?」


 アイリスがミレナの体を揺さぶり、ついに彼女がその目を開いた……。

 彼女の唇がたどたどしく、言葉を紡ぎ出す。


「……ね、え、さま? 私……どうして目が覚めたの」

「ミーちゃん!」


 アイリスは、妹の体を力一杯抱き締める。


「悪魔が、魂を戻してくれたの! どうしてあんな無茶を……私は、ミーちゃんを犠牲にして助かりたくなんかなかった! ミーちゃんさえ生きてたら、それでよかったのに……!」

「……そんなわけないじゃない」

「え……」

「――そんなわけないじゃない、このバカ姉様!」

「うぁっ!」


 ガツン、とミレナは起き上がり様、アイリスに頭突きをぶつけた。


「もしあのまま、姉様が悪魔に乗っ取られたらどうなってたかってのももちろんあるけど……でもその前に、姉様を目の前で失ってその後、私がどれだけ苦しむかとか想像もしなかったのっ!?」


 ミレナは目を真っ赤にして怒った。でもその怒りは、今までのような冷たいものではなく、温かい気持ちが目一杯籠っている。


「そんなの……だって、私のせいで」

「誰のせいとかじゃないっ……! ……だって、家族じゃない! なんで、今まで話してくれなかったの……どうして!? 私バカみたいじゃないっ! 姉様をひとりぼっちにさせて、苦しめてたくせに。自分だけ大変なふりして……」


 ミレナはぼろぼろ涙をこぼし、アイリスの胸に顔を埋めた。


「ごめんなさぁぃっ、姉様ぁっ! 今まで酷いこと言って、キライになったふりして……! 本当はもっと、仲良くしたかったの! 一緒にお出かけしたり、お話したりしたかった……頑張ってるって、私を褒めて貰いたかったの! 昔みたいに大好きだって言って欲しかったの!」

「ミーちゃんっ……!!」


 もう、言葉にならなかった。姉として、妹を支えてやれなかった後悔が、ずっと傍にいたかったのにいられなかった気持ちが、堰を切って溢れ出すばかりで。


 ふたりは延々と泣いた。


(私、入り口を見て来ますわ。リックス様、ふたりのことをお願いしますわね)

(ああ、見守ってる)


 小さくそんな会話を交わし、出ていったエリーゼを見送ると……リックスはわんわん泣いているアイリスたちから少し離れたところで膝を立て、優しい笑みを浮かべて見守る。


(よかったなアイリス、気持ちが伝わって……)


 その目元は、少しだけ赤くなって潤んでいた。

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