28.アイリスのために(リックス視点)
俺はその部屋に踏み込んですぐ魔力のバリアで体を覆う。力を解放したアイリスほどではないが、圧倒的な重圧を放つ存在が目の前には立っていた。
「ほう、リックス・レイメール。キャリーを退けて来たか。我が娘も不出来なものだ」
「レヴィンさんと因縁があるようだったんでね、任せてきた。そんなことよりジョール長官、アイリスはどこだ!」
後ろに倒れたエリーゼを確認すると、窪みの前に立ち塞がるようにしたジョールを強く睨む。すると奴は後ろに膨らむ謎の球体を指さして言う。
「フフフ、今頃丁度、大悪魔が彼女の身体を乗っ取っているところだ。もうすぐ終わるだろう」
「なんだとっ!? そこをどけえっ!」
激高した俺は、両手に氷の剣を宿して突っ込む。対してジョールは闇魔法で槍を作りだし、迎え撃つ姿勢を取った。
「無駄な足搔きをするな、リックス王子! レイメール王国はお前たちの代で終わりを告げる。新生ブラントス帝国として生まれ変わるのだッ!」
「それが貴様の野望か! そんなことのためにアイリスを巻き込みやがって!」
近接戦闘には自信が有る。しかしジョールの腕前はレヴィンさんをも上回り、容易に近づけさせてくれない。遠距離魔法も奴の回転させた槍で簡単に防がれた。
奴はまだまだ余裕を残し、完全に俺のことを舐めている……。
「私を誰だと思っている。穴の中の小娘を除けば王国随一の魔力を持つ魔法省長官、ジョール・ブラントスなるぞ! 王族の小せがれ程度が楯突くのは三十年早いわ!」
「……たとえそうだとしても、俺は負けられない! うおおっ!」
奴と斬り結ぶ最中、頭に浮かんだのはアイリスの健気な笑顔だ。それがこんな自分勝手な男の都合で汚されるのを黙って見ていなければならないなら、俺が……彼女と出会った意味がない。
(いくらこいつが強かろうと……必ずアイリスを奪い返す!!)
間合いを取ると、俺は自分のすべての魔力を氷の剣の切っ先に集め、ジョールを見据えた。
「ふん……一撃で勝負を付けるつもりか。いいだろう……道具として使ってやるつもりだったが、せめてもの情けだ、望み通りここで散るがよい!」
ジョールはあくどい笑みを見せ、長大な槍を腰だめに構える。空気が強く張り詰め、高まる互いの魔力が最大に達した瞬間。
「――うおおぉぉぉっ!」
「トゥァーッ!」
動き出しは全く同時だった。苛烈な叫びが空間を震わせ……俺とジョール、ふたつの強大な魔力が激突し、せめぎ合う。
「ぐ……うううっ!」
「私と張り合うとは、思ったよりやるではないか。だが……どこまで持つかな?」
ジョールはまだ余力があるのか、口元に薄っすら笑みを浮かべている。俺は必死で押し込まれそうになるのを堪えた。
「ふはは、残念だ。その大きな魔力……成長すればいずれは私を越えられたかも知れん。大人しく頭を垂れれば、我が手足として使ってやっていたものを。今からでも遅くない……儂に忠誠を誓え! 我が手足となり、共にこの世界を支配するのだ!」
「ふざけるな! 誰がお前などにレイメール王国を……アイリスを渡すものかぁっ!」
「うぬっ!」
怒りに反応し、俺の身体から限界以上の魔力が引き出された。わずかにジョールを上回り、奴を防御にまで追い込むが、長くは続きそうにない。
(何か、決め手があれば……っ! そうだ!)
破れかぶれで俺は、レヴィンから抜け出た悪魔の封印を解き、命じる。
「悪魔よ! 奴の体をくれてやる……! 魔力ごと喰らい尽くして己のものにしろ!」
「……ヨカロウ!」
「何っ!?」
黒い悪魔はジョールの方へ飛び込んでゆき、彼は慌ててそれを防ごうとしたが、俺への注意が逸れ魔法の出力が弱まる。
(今だ!)
体に残るすべての力を搔き集め、一気に叩きつける。
「アイリスを……返せぇぇっ――!!」
「ぐおぉぉっ……! や、止めんか! わ、儂に従えば……国土のの支配権の二割、いや三割、四割をくれてやるぞ! おまけに儂の後継者としてゆくゆくは世界の支配者にしてやるから、この悪魔を止めろぉぉっ!」
拮抗していた力が大幅に俺の優勢に傾き……そして悪魔もバリアを押し退けて奴の頭に迫ってゆく。ジョールの額に汗が浮かんだ。
「待て待て待て! 四割二分……三分! 四割五分……ええい、大負けに負けて、四割九分でどうだ! それでも駄目ならば、わかった! 表向きの王位はお前にくれてやる。どうせお前も民衆を支配し、見下したいだけなんだろう……だったら!」
「…………やれ」
しかし俺は容赦せず、最後に冷たい一瞥を投げかけると悪魔に向かってそう宣告する。黒い体がくす玉のようにガバッと開いた。
「イタダキマァース!」
「うがぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁ……ぁ、ぁぁ」
ジョールの頭を飲み込むようにして、悪魔は彼の中へ消えた。狂ったように手足を動かした後、奴は息が切れたように沈黙する。
瞳が黒く染まり、どうやら支配は完全に完了した様子だ。
「ハァ、ハァ……」
「先ニ、対価ハ頂イタ。代償ヲ、我ニ求メヨ」
「少し……待ってくれ」
その場に佇む悪魔を放っておき、俺は息も絶え絶えになりながら、転げそうな足取りで部屋の中央の窪みへと近づいてゆく。その時だった……。
「うわぁぁっ!?」
――ドッゴオォォン!
突然、中央の窪みに浮かんでいた巨大な球体が吹き飛ばされ、天井に打ち付けられて二つ目の穴を開ける。俺はそれを追って姿を現し、宙に舞い上がる少女に向かって叫んだ。
「アイリス――!!」




