24.謎の遺跡
森の中を一時間くらいは歩き、やっと着いたその遺跡は、ところどころ外壁が崩れておどろおどろしい姿を晒していた。中に一歩踏み入ると濃い闇が周りを支配している。
「うわぁ、雰囲気あるぅ」
「あ、アイリス様……あの、くっついていいですか? わたくし、怖くて……」
「はあ、どうぞ」
「はあ、幸せ……」
闇魔法を嗜むせいか暗闇に対してはあまり恐怖を感じないアイリスに、これ幸いと抱き着いてくるエリーゼ。それを何故かミレナがじとっと見つめていたので、アイリスは勇気を出して手を差し伸べてみる。
「あの、ミーちゃん。手を繋ぎません?」
「……いらない」
しかし迷った後ミレナは顔を背け、キャリーの隣へと走ってゆく。
「……逃げられた」
「ふふ。さあ、時間ももったいないし中に入りましょう」
落ち込むアイリスに苦笑した後、キャリーはミレナにライトの光魔法を頼み、皆を先導して行く。彼女の足取りには迷いが無く、何度かここに入ったことがあることを窺わせた。
「キャ、キャリーさん、どこまで行くんですか?」
「そりゃもちろん、奥まで行って帰ってくるのよ」
足元は暗いがアイリスにははっきり見えており、それはキャリーも同様であるはず。その淡白な様子に、一行は次第に周りを見る余裕を取り戻してきた。
(あれ……この中、そんなに古くないような?)
平坦に均された石床や、その破片を見てアイリスは不思議に思うが、風化の跡も確かに窺えるし……少しちぐはぐな雰囲気の場所だ。
「あまり、生き物の気配はしませんわね……? なにかあれば私めがアイリス様とミレナちゃんの事はお守りいたしますわ。ですからご心配なく……ひっ!」
そう言った瞬間、ミレナが蹴った小石が壁にぶつかってカランと音を立て、エリーゼは肩をすくめた。そう言えば彼女はアイリスのクラスの出し物にはどうしても来てくれなかった。お化けなどが本心から苦手なのだ、多分。
「大丈夫ですよ、危険そうなものは見当たりませんし……」
とはいうものの、アイリスは通路に面した部屋を通り過ぎる時に妙なものを見てしまった。地面に転がった薬瓶らしきものとか、壁に書かれた得体の知れない文字とか。
闇は怖くないが、得体の知れないものは怖い。即座に見なかったことにして青ざめた顔を戻し、左手にぶら下がるエリーゼを引っ張りながら奥へ奥へと進むと、そこはとても広いひとつの空間になっていた。
足を踏み入れた瞬間、アイリスの背筋に悪寒が走る。それは先に進んでいるミレナも感じたようで、しきりに辺りを不安そうに見まわしている。キャリーの表情に変化はない。
(嫌な感じがする。なんなんだろう……この部屋)
周囲を見渡すが、真っ暗な中に特別なものは見えない。だが、部屋の中央に何だか大きな窪みがあり、その中に広がる紋様といい、嫌な気配はそこから広がっているような気がする。
帰りたいとは思うが、キャリーとミレナはどんどん先に進んでしまう。その背中を渋々エリーゼと共に追い、窪みのちょうど縁で足を止めたふたりに声を掛けようとした時だった。
「えっ……」
びっくりしたようなミレナの小さな声が響いた。
ミレナの体が窪みの中へ消えてゆく。
どん、とキャリーが彼女の背中を押したのだ。
「ミーちゃん!」
「アイリス様!」
アイリスは瞬時にエリーゼの手を振り切って走った。薄笑いを浮かべているキャリーを無視し、穴に飛び込んで手を伸ばす。
「掴んでミーちゃん!」
「……アイリスっ!」
必死の表情で伸ばしたアイリスの手を、ミレナはなんとか取ってくれた。そのまま彼女を抱きかかえて受け身を取り、すぐさまその場から脱出しようとしたが、できなかった。
「なんなのこれ……」
開いた穴を塞ぐように、とてつもなく巨大な漆黒の球体が出現したのが見えた。それが上から押しつぶすように自分を飲み込もうとするのが見え、アイリスは咄嗟に魔法を使ってミレナを押し退ける。
「アイリス!?」
「逃げて、ミーちゃん――!」
今まで見たことも無い強大な魔力に抗うように、アイリスは自分の持てる全ての魔力を解放した――。




