19.真の愛
――バチィッ!
大気をつんざく音を響かせ、闇の魔法は上空へと弾き飛ばされた。辺りを囲う黒雲の中、アイリスはレヴィンと対峙し、呟くように言う。
「そうですか……。生徒会長が犯人だったんですね。どんな手を使ったかは知りませんが、魔紋まで偽装して、よりによってミーちゃんを直接狙うなんて」
「グルゥ……」
アイリスは今、生まれてこの方ないくらい、最高に怒っていた。
あの魔法は、明らかにミレナと王太子を殺傷する目的で放たれた魔法だった。
それがわかったアイリスは夜闇よりも黒い目でおかしくなったレヴィンを見つめ、一歩一歩距離を詰める。甚大な魔力を備えた彼女の威圧感に彼はたじろぎ、後ずさる。
「エリーゼさんからも、ミーちゃんに悪さをしてるって聞いてましたけど……ここまでするってことは――」
「グオウッ!」
話の途中でレヴィンが両手に魔力の爪を伸ばし飛び掛かるが、アイリスはすでにその場から消えていた。
「ガオッ!?」
「命がいらないんですよね?」
アイリスに背面から殴りつけられ、レヴィンの体が揺らぐ。彼はすぐさま後ろに手を伸ばすが触れられもしない。今度は右頬、ついで左足、腹部へと……魔力を込めた拳での攻撃が彼の体を揺らす。それだけで、さっきまで圧倒的な力で無双していたレヴィンが、ぼろきれのようになってゆく。
「ヒィ……ヒィーッ!」
「……どうしました? もっと、お仕置き続けて欲しいんですか? まだま~だ元気みたいですもんねぇ!」
「ヒェッ! ヤ、ヤメ……ヤメロォッ!」
正気に戻りかけているのか、ついにレヴィンの口から人語が放たれた。ガクガクと足を震わせながら雲の外へ逃げていこうとするが、アイリスはそれを許さない。
「逃がしませんよ」
暗闇に包まれた状態ではアイリス自身にしか視認できないが、彼女の足元からぎゅんと影のようなものが伸び、レヴィンの背中にくっついて移動を封じる。シャドーロープという魔法だ。
「ミーちゃんのためにも、二度とこんなことができないようこれからあなたにはしてはいけないことをきっちり教え込みますから、ちゃんと反省して下さいね。ウフ、ウフフフフ……」
「ア、アア……。ヒィァーッ!」
こうしてブチ切れたアイリスは、暗闇の中レヴィンに宣言通り地獄の苦しみを味わわせるのだった。
「アイリス、そろそろ」
「あ、はい」
「ヤメ……ヤメテ、クダサイ。モウシマセン、ユルシテ……。モテタカッタ、ソレダケダッタンデス……」
暗闇の中、気づくとリックスがアイリスの手を止めていた。時間的には数十秒にも満たなかったはずだが、しっかりと恐怖を味わったのか……レヴィンは悶絶の表情で白目をむいている。
「……おっと!」
突然何かが彼の口からすぽんと飛び出すのをリックスは見逃さなかった。すかさずそれを解けない氷の封印で閉じ込める。角のついた、黒い鬼火のような物体。アイリスと一緒に彼はそれを覗き込む。
「なんだろうな、こいつ……。生徒会長がおかしくなっていたのは、こいつのせいなのか?」
「かもしれないですね……。たしかにこのヘンなのが発している魔力の魔紋、襲撃犯のと同じですし。とりあえず、これで犯人捜しは終了ってことになりますかね?」
「そうだな。ふう、ありがとなアイリス……兄上を救ってくれて」
「いえ、ミーちゃんの敵をこの手で成敗できたので、私的にも満足ですし。お役に立てて嬉しかったです」
リックスとアイリスは互いに握手を交わす。彼はとりあえず謎の物体をポケットに入れると、アイリスを抱き上げたので、彼女は手足をばたつかせる。
「な、なにするんです!」
「バレたら困るだろ、あんたの力。俺がなんとか皆を言いくるめるから、アイリスは前みたいに死んだふりでもしてたらいいよ」
「……それは助かりますけど。それじゃ、シャドークラウド解除しますね」
本当に彼に任せて大丈夫かな、と思いつつアイリスは魔法を解き、目を閉じて力を抜く。
黒雲が晴れてサッと視界が広がり、辺りを包んでいた夕日がふたりを照らした。
「リックス! 一体、どうなったんだ! その子は……」
「え……!? なんでアイリスがここに?」
護衛の制止を振り切り、走ってきた王太子とミレナがリックスの腕に抱かれたアイリスに不思議そうな顔をする。
「ああ、兄さん。あいつは、俺がなんとかした……」
リックスは顎で失神したレヴィンを指し示すと、真面目な顔を作り……ミレナが詳しい説明を求める。
「いや、なんとかって……。まず、どうして姉がそんなところに?」
「愛の力だ」
「「愛……!?」」
意味が分からないと訝しむミレナとアルフレッドに、リックスは重々しく頷いた。
「ああ。愛の力でアイリスを呼び寄せ、愛の力を合わせてこいつを浄化し、倒すことができた。全ては真の愛のおかげだ」
「よくわからないが、それにしては打撃跡が多すぎないか?」
「気のせいだ」
「そ、そうか……まあいい。すぐに事態を収拾しよう。ミレナは怪我人を見てやってくれ」
「は、はぁ……」
そのはっきりとした様子に誰も口を挟めず、周りの教師も取りあえず観客や生徒たちに場の片付けの指示を出し、リックスは堂々とアイリスを連れてその場を去ってゆく。レヴィンは王太子の護衛たちに拘束されてどこかへ連れてゆかれ、魔法祭はこれで幕引きとなった。
「なっ、うまくいっただろ?」
「うまく……いったんでしょうか、これ」
そして学校の外に止めてあった王室の馬車でリックスに送られるアイリス。
確かに、何を問われても「愛だ」で押し切るリックスの強心臓のおかげで自分の魔力はバレなかったかもしれない。でも代わりに……次の登校時周りに何を聞かれるのかが、ひたすら不安になった気がして、彼女は押し寄せる疲労感に、くたっと首を下に傾けた。




