14.魔法祭、開催!
――すぽ~ん。すぽぽぽ~ん。ぱん、ぱん!
青空に色とりどりの火の玉が景気よく炸裂し、ついに魔法祭は開催された。
そんな中アイリスはクラスの出し物 、幽霊屋敷改め《モンスターハウス》用の演出であるシャドークラウドの魔法の操作に集中していた。中ではお客さんが飽きないように、定期的に順路がパーテーションによって作り替えられ、魔物役はクラスメイトが頑張ってくれている。中でもゾンビのクオリティは、作り物とわかっていても泣きそうになったくらい怖い。
教室のそこかしこでは大絶叫が響く。それが人を呼ぶのか中々盛況で、順番待ちの列が外まで伸びている。そんな中、アイリスをよく突き飛ばして馬鹿にしていた少女たちが廊下の向こうからてくてく歩いてきた。
「あ、これあの鈍くさ女のクラスじゃない?」
「見つけて苛めてやろーよ。すかっとしたいし」
(あらら……私、中にはいないんだけど)
彼女たちは意地の悪い笑みを浮かべながら、最後尾に並ぶ。もうすぐ昼休憩なので、整理役のクラスメイトがそこで列を止める。
奥にある控えスペースの奥からアイリスがこっそり見ているのも知らず、少女たちは料金を払い中に入って行く。
「よーし、これが終わったら休憩だ! 宣伝にもいいし、しっかり脅かしてやろうぜ!」
「「「お~!」」」
彼女たちが午前中最後の客だということも有り、皆すごく張り切っている様子だ。そして……。
「うひぁぁぁ! なにこれ、やめて! 背中に入れたの何っ!? 出口はどこよっ!」
「キャアアア! く、来るな! あ、足元がヌルヌルする!? 滑る、滑るううっ!」
グォォと言う吠え声やベチャアという何か貼り付く音、ズルズルと這いずる音と共に、彼女たちの壮絶な悲鳴が聞こえてきた。それから数分後。
「うわぁぁぁん……暗いの怖いよぉ。せっかく頑張っておめかししたのにぃ……」
「もうイヤ! 根暗女の呪いよ……! こんなクラス、もう金輪際近づかない!」
派手な化粧と髪をぐちゃぐちゃに乱し、震え上がった彼女たちは可哀想に抱き合って、ぐしぐし鼻を鳴らし去っていった。午前中最後の客ということでクラスのメンバーたちの気合が入り過ぎたのだ、きっと。
手を叩き合うクラスメイトの側で運が悪かった彼女たちを苦笑いで見送ると、もう昼休憩。アイリスは魔法戦技部門に出場しているリックスを見に、校庭まで足を伸ばすことにした。運がよければミレナの姿も拝めるかもしれない。
それからアイリスは、エリーゼのクラスのクレープ店で食事がてら差し入れを買い込んでいくことに。
「あっ! アイリス様いらっしゃいませ! 全部タダですわ! 好きなだけ持って行って下さいませ! 百個でも千個でも詰めます! 詰めます!」
「あ、ありがとう。でもそんなには食べられませんので……」
彼女はアイリスが姿を見せると、売り子たちの中でも抜群の笑顔を輝かせた。クレープの生地が彼女の火魔法でどんどん焼き上がって積まれて行く姿は壮観だ。
あっというまに大量の焼きたてクレープを袋に詰めてくれた彼女に礼をいうと、ちゃんとお金を支払いリックスの元へ。こんなにはひとりで食べきれそうにないが、リックスと分ければ丁度いいくらいの量がある。
校庭に出ると、そこには観客席が設けられており、背の低いアイリスは前の方に出させてもらって空いていた一人掛けの椅子に腰かけた。予選の最後の方なのか、丁度リックスが上級生を相手に戦っているが、その実力は圧倒的だ。華麗に操る氷魔法で相手の足元を釘付けにし、氷の剣を喉元に突きつけて早々に敗北に追い込む。
(綺麗だなぁ……)
男の人に抱く感想として適当かどうかは別として、素直にそう思う。凛々しい眼差しや艶めく髪、すらりとした体格は芸術品にも劣らない。動作のひとつひとつが気品に溢れ、思わず視線を向けてしまう。
勝敗の結果が告げられ、彼は観客に一礼すると、なんとそのままこちらに歩いてきた。
「見ててくれたんだ」
「は、はぁ。まぁその……よかったですよ。綺麗でしたし」
「……ありがとう!」
どう答えたものかと焦り、どもるアイリスの言葉に嬉しそうに顔を輝かせると、リックスはその手を取って観客の間を抜けてゆく。生徒たちから悲嘆と興奮の歓声が上がった。
「ちょっ、ちょっといいんですか!?」
「午前中の試合はこれで終わり。どこかで食事でもしようよ。それ、もしかして俺の分も買って来てくれたんじゃない?」
「はぁ……まぁそうですが」
もう何度も人前でこんなことををされているのでさすがに耐性も付いてこようというものだが、なんだか顔が熱く、いつもより心臓がどきどきしている。
ふたりは解放されている校舎中庭のベンチに座り、クレープを口にする。生地から広がるのはふんわりと食欲を誘う、いいバターの香り。そこでアイリスはもう一つの目的を思い出す。
「あ! せっかくミーちゃんの勇姿を見に来たのに……忘れてました」
「ミレナさんもちゃんと活躍してたよ。立派な治癒の腕だ……あれなら王国騎士団の医療顧問だって務まるだろう」
「そうなんですよ! ミーちゃんは本当すごく優しいんです。小さい頃私が怪我したらよく光魔法で治してくれて、可愛い笑顔で元気づけてくれてたんです。……今は、あんまり笑わなくなっちゃいましたけど」
「そっか……。なぁ、そっちも美味そうだな、もらっていい?」
「はいはいどうぞ」
リックスが、こちらが手に持っていたクリームたっぷりのデラックスな苺バナナクレープを見て言ったので、つい子供心に帰っていたアイリスはそのまま差し出す。
彼はアイリスの手を持って遠慮なくそれにかぶりつき、「嫌じゃなかったら」と手に持つピザっぽいクレープを口元に伸ばしてくれる。アイリスはその端っこを小さく齧った後に気付いて叫んだ。
「自然に何させてんですか!」
「いや、普通に交換しただけじゃないか」
「お、王子様がこんなことしたらいけないでしょう! ど、どうしようどうしよう……」
「別にいいんじゃないの? 仲のいい友達だってやる事だろ?」
「本当にそう思ってます!?」
「思ってないけど?」
「うう……」
周囲からの視線がちらちら向いているのを感じて、アイリスは肩をすぼめる。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
こんなことではいけない。彼と居るのは第一王子の襲撃犯を捕まえるため……ひいてはそれがミレナを守ることに繋がるからで、それ以上の感情を抱いてはいけないのだ。
「食べないの? もうちょっとちょうだいよ」
「あげません!」
アイリスはがぶがぶとクレープを頬張ると、アイスティーで一気に飲み下す。そして消耗したエネルギーを補充しようとふたつ目に手を付ける。
「おぉ、今日はよく食べるんだな。しっかり噛んで食べろよ、早食いは体によくないんだから」
「こっちのはもうあげませんからね……」
にこにこと笑う彼を横目で睨みつつ、アイリスは自分の心を通常運転に戻そうと必死に深呼吸を繰り返すのだった。




