13.魔法祭に向けて
魔法祭が一か月後に迫る中、少しずつクラスに馴染み始めたアイリスは、その準備に追われていた。
魔法祭にはいくつか部門がある。魔法製作部門、魔法パフォーマンス部門、論文コンペ部門。それぞれからひとつ、クラス別で選んだものに参加する。それとは別に、戦闘が得意なものが個人ごとの魔法戦技部門に出場する。
クラス別の部門とは違い、魔法戦技部門はいくつかの組に分けられ覇を競うバトルロイヤルを経て、勝ち上がった者たちが一対一で対戦する形式。中々に過酷で、怪我も想定される危険な競技だが、全生徒の三分の一くらいはこれに参加するらしい。これでもし上位に食い込めば、王国や魔法省への強いアピールになる。
これにアイリスの知り合いの中で参加するのはリックスだけだ。エリーゼは魔法製作部門でクレープを焼きまくるらしく、ミレナは論文コンペ部門の発表役を務める。しかし彼女は光魔法の使い手なので請われて魔法戦技部門の治療役としても待機するらしく、とても忙しそうだった。
そしてアイリスのクラスでは……。
「アイリス~、あんた闇魔法使えるんでしょ。煙幕出せる?」
「あ、はい。黒いやつなら」
アイリスが魔法で教室の一か所を黒い雲で覆って見せると教室がどわっと湧く。多数決の結果、このクラスでは幽霊屋敷をやることになるようだ。
「おお、いいじゃん。形とか変えられる?」
「ええ、こんな感じですか?」
「へぇ~便利じゃない。それじゃこれで部屋覆ってさ、所々蝋燭で雰囲気だして……」
「シーツ誰か借りて来てよ~」
頻繁に彼女のそばを訪れるリックスとエリーゼの華やかさは人を呼び、彼ら目当てでやって来る人たちと、アイリスも打ち解け始めている。ちょっと彼らも現金だとは思うけれど、アイリスからすれば平穏な生活を送れるに越したことはない。それにこうして誰かに存在を認めてもらえるのは嬉しい。
「ね、今まで知らなかったけど、アイリスさんって魔力の調節上手だよね。どうやってるの?」
「ええと、それは……頭の中に数字を思い浮かべて、それに合わせる感じで、なんとなく?」
「へ~、感覚派なんだ。なんか可愛い~」
周りの女生徒とこんな会話をしながら肩を突かれ、これまでで一番穏やかな日々は過ぎてゆく。
そして生徒会では――。
ようやく怪我から復帰した生徒会長レヴィンの元、急ピッチで魔法祭の準備が進められていた。彼の顔にはまだ痛々しい包帯が巻かれている。
彼は恨みの籠った声を出すと、テーブルを強く叩いた。
「クソッ、一体誰なんだ。あんなことをやったのは……よりによって焼き立てのパンケーキを顔面にぶつけてくるか!? どういう教育されてるんだ!」
「目下捜索中ですので、続報をお待ちください」
生徒会広報のエリーゼはしれっとそれに冷静な顔で応え、話題を逸らす。
「それより会長、今年の魔法戦技はどうされるのですか? 昨年は生徒会からは出場を控えましたが」
「今年は私が出る。王族とはいえ、私の勧誘をすげなく蹴った若造に思い知らせてやらないとならんのでな。くっくっ」
リックスの事だろうと思ったエリーゼは、そっとため息を吐いた。レヴィンは昔はこれでももう少し分別のある人物だったのだが、丁度数か月前からまるで人格が変わったように軽率な行動を取るようになってしまっている。
「それはようございますわ。やはり彼にも年長者への礼節を弁えなければ、どういうことになるのか叩きこんであげるいい機会でしょう。今後のためにも」
そしてこの……副会長キャリー・ブラントス。彼女も三年の中で一二を争うほどの実力者で、レヴィンをよく補佐しているのだが、最近は彼を諫めもせず自由にやらせ過ぎている気がする。他の書記と会計もイエスマンなので、この状態では生徒会は、ほぼレヴィンに私物化されているといっていい。
彼女に目をやると、邪気のなさそうな笑みでニコリと微笑まれた。だがなんだかエリーゼにはそれが蛇が舌なめずりしているように思える。
アイリスに忠誠を誓い、色眼鏡が外れたエリーゼには、この生徒会が少しいびつに見えている。そしてレヴィンはまだまだミレナへの欲望を捨てきれていないようだ。
(アイリス様に頼まれましたし……ミレナ様の身柄だけは何とか守らないといけませんわね。やっぱり会長を闇討ちして再起不能にするのが一番手っ取り早い気がするのですが……)
半分本気でアイリスに提言しようと思ったエリーゼだったが……実は彼女はその勘が正しかったのだと、魔法祭が終了した直後に頭を抱えることとなる。




