12.リックスとお出かけ
本日、アイリスは珍しく学外に出てきていた。校内で手掛かりが見つからない以上、他の心当たりを探す必要があるとリックスが言ったためだ。
アイリスは令嬢らしい活動を控えているため、あまりちゃんとした外出着を持っていない。普段通り制服でいいと言ったのだが、エリーゼに服飾店に引っ張っていかれて強引に着替えさせられる。
「私が何着てもあんまり変わらないと思うんですが……」
「そんなことはございませんわよ。私がコーディネートして差し上げますわ。これと、これと……これもいいですわね。黒い髪が映えそう!」
エリーゼが用意してくれたのは、爽やかなパステルブルーのドレスだ。試着室に押し込まれた彼女が仕方なくそれを纏って出てくると、彼女は白いミュールを用意していて、足にピンクのペディキュアまで塗ってくれた。
「うん、ばっちりですわ! さあ、リックス様に見ていただきましょう!」
最後に頭にも白いハットを被せると、彼女はアイリスの背中を押していき、店の外に待っていたリックスに預ける。彼は仕立てのよい濃いブルーのジャケットとスラックスというシンプルな出で立ちだが、元が素晴らしいのでそれだけで十分に決まっている。
彼はアイリスの姿を見て、とても嬉しそうに笑ってくれた。
「おっ、いい感じじゃないか。すごく可愛いよアイリス」
「……あ、ありがとうございます」
そんなことを言われて今更戻って着替え直すこともできない。アイリスはせめてお金は払おうとお財布を取り出したが、エリーゼは笑って首を振る。
「いえいえ、この間のお詫びの気持ちですわ。父の知り合いの店ですからお気兼ねなく。ではわたくしはここで」
「一緒に行かないんですか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、わたくしもいくつか予定がありまして。またそのうちご一緒させていただきますわ……」
「エリーゼさん、ありがとうございます。私あなたのこと、誤解してたかもしれません」
アイリスは頭を下げ、自分の手を差し出す。するとエリーゼは快く握り返してくれる。
「なら、今後とも友人としてよきお付き合いをしてゆきましょう。リックス様……彼女のこと、よろしくお願い致しますわね」
「言われるまでもないよ」
リックスはアイリスの肩を抱いて自分の方にぐっと寄せる。アイリスの心臓が少し跳ねたが、嫌では無かった。どうしてか彼の隣は居心地がいい。
「では行ってらっしゃいませ~! お気を付けて~!」
エリーゼのそんな声を背中に受けながら、アイリスとリックスは王都の散策を開始したのだった。
◇
その後、軽く市場を見回った後、食事休憩を挟んで観劇を楽しみ、美術館を見て、公園を軽く散歩しているところ辺りでアイリスはやっと気付いた。
「これ、ただ町で遊んでるだけになってません?」
「あれ、ようやく気付いたんだ。俺はてっきりデートのつもりだったんだけどな」
道端で販売していたアイスを一緒に齧りながら、リックスは苦笑する。青い目が優し気に緩んでこちらを見ている。
「デ……デートとか、冗談でもそんなこと言っちゃ駄目ですよ、然るべき身分があるんですから」
「それって、身分が釣り合うなら、俺と付き合ってもいいってこと?」
「つっ……!?」
アイリスの胸の中にはよく分からない感情が湧き上がってきて、頭がぼんやりした。胸が弾むような、苦しいような……。
「冗談は……止めてくださいっていってるでしょう」
それを断ち切るように、彼女は赤くなった顔を背ける。リックスは困ったように笑うと、視線を目の前に佇む白い建物に向けた。
「それなりにちゃんと好意は伝えたつもりだったんだけど、足りなかったか。……実は俺さ、昔の君のこと知ってるんだ」
「……貴族学校の初等部で私を見たんですか? でも、あなたみたいな方が、私たちの入っていた学校に来るなんておかしいです」
「いや、そこじゃない。どこかで、俺と似た男の子を見たことは無かった?」
彼の視線は、強く前を見据えたままだ。アイリスはその言い方に何かが引っかかったような気はしたが、よくは思い出せない。すると彼は少し残念そうに視線を俯かせた。
「ま、十年近く前の事だから仕方ないよな。時間があったら思い出してみて……その時俺がなんて言ったかも」
(……一体、なんなんだろう)
そう言ってリックスは笑いかけ、アイリスの手を引く。だが彼女は頭に覚えた引っ掛かりをなんとか捕らえようと必死で、ぼんやりとそれに着いて行くのが精一杯だった。




