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11.生徒会の魔の手(ミレナ視点)

 私、ミレナ・トゥールには最近、ふたつの悩みがある。いや、あったというべきか。


 その内のひとつは、ある生徒会役員の先輩から存在をよく思われていなかったことだ。二年生で広報のエリーゼ・ジェスティンさん。彼女が当てつけを行うようになったのは、おそらくこの生徒会を統べるレヴィン・クラッド会長が、私に目を掛けてくださっているからだろう。


 しかし、最近はそんな行動も鳴りを潜めてきて、反対にエリーゼさんは私にひどく媚びるようになった。今日も――。


『ミレナちゃぁん、こちらをどうぞ。実家が仕入れた最高級のハーブティーですわ。ケーキもありますわよ。お疲れかしら? お肩でもお揉みしましょうか?』

『い、いえ……結構です。お気持ちだけで……』


 私は笑みを引きつらせ、お茶とケーキを頂く。最初は毒でも入っているのだろうかと勘繰ったが、そんなことも無く非常に美味しい普通のケーキだった。


『わたくし、あなたのことをこれから次期生徒会長に推してゆく所存ですのでぇ、ぜひお姉様に私のことをよろしくお伝えませね!』

『は、はぁ……』


 彼女は長い睫毛に縁どられた瞳をばちこんと瞬かせ、自分の仕事に戻って行った。


 何故姉になのだろう。風の噂には、姉アイリスと彼女の間で何らかの争いがあったと聞いたが、生徒会での作業が忙しすぎて、私はそんなことについて調べている余裕もなかった。


 まあ、悩みの種が消えたのはよいことだ。雑用は山ほどあり、私ともうひとり書記の方が行うが、中々手は足りない。できれば他の人に手伝って欲しいものだとも思うが、彼らもそれぞれに役割があり、私にもプライドがある。次期生徒会長を務めたいと願うのなら、自分でやり遂げる力を培うべきだ。


(このくらい、なんてことない……)

「ミレナ君、頑張っているようだね」


 静かな室内で、ひとり雑務に励むそんな私の方に手を置いたのが、まさにもう一つの悩みの種、公爵家の嫡男であるレヴィン会長だ。


 容姿端麗、品行方正な生徒会長の(かがみ)のような人物と聞いてはいたが、噂と事実は異なるものだ。確かに薄いブルーの髪と目に細面、体格もすらりとしている美青年で温厚に見えるが、日々こうして接していると女好きで底の浅い内面が浮かび上がってきた。


 彼はこの生徒会に入ってというもの、私を自分の所有物のように扱っているきらいがある。頻繁に人を使って呼び出したり、私の体に遠慮なく触れて来たり……正直気分が悪いが、これも将来のため、家のため。なんとしても耐えなければ。


 彼は私の髪を触りながら耳元で言う。


「ミレナ君、今夜よかったら一緒に食事にでも行かないか? いいレストランを予約しているんだ」

「お誘いは嬉しいのですが、まだ雑用が片付いておりませんので、お気持ちだけいただいておきます」

「そんなもの他の奴にでもやらせておけばいい。少しくらいいいだろう……君をこの生徒会に居れてあげたのは僕なんだよ?」


 恩着せがましい言い方でねちっこく絡んでくる彼を、敵うことならば押し退けて平手のひとつでもくれてやりたい。しかし私は気持ちを押し殺すと立ち上がり、彼に深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。私には婚約者がおりまして、みだりに他の殿方と外出することは許可されておりません。どうかお許しください」

「フン、そんなもの君が口を塞いでいればいいことだ。若いうちに火遊びのひとつやふたつ経験しておくのも必要だろう? 丁度いい、今から僕が大人の恋愛というものを教えてやる!」

「止めてください!」


 彼は強引に私の腕を捻り上げ、体を壁際に押し付ける。そして背けた私の顔を掴むと彼は無理やりに口づけを迫ろうとする。生徒会室では魔法が使えないようになっていて、抵抗できない。


 私があまりの悔しさに涙をこぼしそうになった時。ガラッと扉が開き、ばこっと横合いからレヴィン会長の顔に何かがぶつかり、ジュッと音がした。


「何だこれ……熱ッ、アチチチチ、顔が焼けるッ!」


 それは顔を丸ごと包むほど巨大なパンケーキだった。戸口には先ほど出ていったはずのエリーゼ先輩が立っている。三角巾を額に締めて目を吊り上げ、両手には巨大なボウルに入った生地を抱えている。


「そ~れ、そ~れ、女の敵! そーれ、そーれ、すけこまし! そーれ、そーれ、地獄に落ちろ、滅んでしまえ!」

「やめろ、前が見えない! アッツ、アチ……ぐぁぁぁっ!」


 彼女は炎魔法で加熱したそれを、廊下の外から次々と投げ込んでくる。沸騰した生焼けの生地がレヴィン会長の顔面を襲う。


 会長はなんとか抗おうと腕を振り回したが、抵抗空しく徐々に後ずさる。


 そしてその先には……開いた窓があった。


「アッツい、やめないかッ! くっそ、一体何者が、あっ……? あ……アァ――ッ!!」


 無様な彼はパンケーキと共に、吸い込まれるように窓の外に消えていった。

 悲鳴の残響が空しく響き、途中で途切れる。


「だ、大丈夫なの!?」

「大丈夫ですわよ。校舎付近では誤って人が落ちても怪我をしないよう、自動で浮遊の魔法が起動するようになっておりますから、ほら」


 すると確かに窓の下には、落下の恐怖で気絶したパンケーキまみれの生徒会長の姿が見える。異変に気付いた教師が「何があったんだ……」と彼を医務室へと運んでゆく。私も何が起きたかあんまりわからないし、理解したくもなかった。


 私はエリーゼ先輩にお礼を言う。


「あの、ありがとうございました」

「なんでもないことですわ。これでしばらく手は出してこないでしょう。それではお姉様によろしくお願いしますわね、では!」


 そう言うと、エリーゼ先輩はにやっと笑って手を振り、生徒会室を出ていった。つい先日まであんなにレヴィン会長を慕っていた彼女に一体何があったのだろう。


(だからなんで? 姉が何かやってるの……?)

 

 私はそんな彼女を見送りながら、拭えない違和感に首を傾げた。

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