今日は近くの湖で
アーデライトたちの仲は深まり、さらなる心理へと踏み入れさせる。
そんな中でハイゼルク家の士気はもはや壊滅状態。
バネッサとユリエルの死体があの場所で見つかり、現場の凄惨さからどれだけの脅威があそこにあったかを容易に想像させた。
「クソ、クソクソクソ! どういうことだどういうことだどういうことだ!!」
室内を忙しなく時計回りに歩き始めて早10分。
サングリアのイライラは最高潮に達する。
「なんでだ……なんでこうなる! 今まで全部完璧だったのに。アイツが悪い……あの女のせいだ! アーデライト……一体なにをした? 俺の見えてないところで起こってるんだ!」
自分の理解を越えたことが起きている。
アーデライトを拉致監禁し拷問を楽しんだ。
しかしそこから歯車は狂い出す。
何者かによって彼女は救い出された途端、狙ったようにハイゼルク家に災いが降りかかった。
「アーデライトが関係していることは確かだ。問題はどうやって奴を見つけて……」
ブツブツと焦燥にかられていたとき、使用人が情報を伝
えにくる。
サングリアにとってはまたしても災難だ。
「なにぃ!? ラベッツが行方を眩ましたぁ!?」
「はい、ほんの2日前から屋敷にも別荘にも。ほかのご貴族様にもお問い合わせをしましたが、どこにも……」
「こんなときになにをやっているんだアイツは! クソ、肝心なときに限ってこれだ。ガキのころからおかしなことばかりする奴だったが……うぅむどうするか」
立て続けに頭を悩ます事態に、彼はとうとう根をあげて自室へと戻っていく。
「まずはひと休みするに限る。だがひと休みしてからなにをすれば……」
サングリアはそこからさらに総力をあげて、捜索に当たらせるも、結果は変わらず。
彼のイライラは止まることを知らず、ついにはストレスで形相まで変貌していく始末だった。
ハイゼルク家の事情など露知らずしばらくの休暇を楽しむアーデライトは、ようやく動けるようになったフルトを連れて湖まで来ていた。
「どうフルト。いい天気だし、こういうのも快適でしょ」
「は、はひ……」
「ここは陽当たりも風通しもいい。見て、水の温度もこの季節なら……」
「あ、あの……!」
「なぁに?」
「なぜ水着なのですか!?」
「なぜって、わからないの? 湖水浴よ。一緒に泳ぎましょ」
お前はなにを言っているんだとでもいうように小首を傾げるアーデライト。
黒薔薇をイメージした上下のビキニに大きなパラソルを片手に持ち、木陰からヒョッコリ顔を見せているフルトに投げ掛ける。
「どうしてそんなところで隠れているの?」
「なりません! れ、れ、令嬢たるものが、みだりに肌をそこまで露出させる水着をだなんて……!!」
「いいじゃない。私とアナタしかいないんだし」
「いや、でも……あの……うぅん」
「うふふ、似合ってるでしょ?」
クルンとお洒落に一回転。
「に、似合ってるとかじゃなくて……」
「似合ってないの?」
「違ぁう!」
「も~じれったい。ホラアナタもさっさと出てきて一緒に楽しみましょ」
「いや、その……さすがにレベル上がってしまって」
「ホラは~や~く~」
観念したフルトは今にも焼き切れそうな理性に耐えながら彼女を直視する。
フルトに向ける満面の笑みに寸分の曇りはない。
以前にも増して強かになったアーデライト。
湖面の照りにも勝る黒耀たる佇まいは、フルトにとっては天より授かった奇跡そのもの。
「……こんな運命が、僕にあっただなんて」
「ん、なにか言ったかしらフルト」
「いいえ。お嬢、……いや、『アーデライト』。僕も一緒に」
「アハッ! そうこなくちゃね」
手を繋ぎ、ふたりで足を浸ける。
心地よい水温は神経を落ち着かせ、どこまでも広がる湖面の波紋は、ため息をつかせるほどにふたりを魅了した。
「綺麗ね」
「はい、今日は特別に、綺麗です」
「私がいるから?」
「さぁどうでしょう?」
「あ、フルト今意地悪な顔した」
「気のせいですよ」
「そーゆーこと言うんだ、へ~。オラ!」
「へ、ちょ!?」
変に寄ったり抱きついてきたりするものだから、バランスを崩してふたりとも転んで派手に水飛沫を上げた。
水の滴る彼女に頬を染めながらもフルトは笑った。
つられてアーデライトも笑う。
童心が戻ったかのようにはしゃぎ、疲れたときにはパラソルの下で並んで寝転ぶ。
血生臭い運命からの授かりものは、異能の力だけではなかった。
アーデライトは無防備にもスヤスヤ眠るフルトの頭を撫でながら、ぼんやりと青空を見上げる。
(楽園っていうのはこういうのをいうのかしら。このままでいたいなぁ。誰にも脅かされず、静かで、ふたりで……)
想いは強くなるばかり。
そのためには、呪われた過去を排除しなくてはならない。
無力な過去を乗り越える。
あらゆる勝利は常にその先にあるのだから。
「フルト、私ね。ずっとふたりでいたいの。昔みたいに襲われたり失われたりせずに……わかってくれるわよね?」
日が暮れるまでずっと……。
フルトが寝すぎたことに飛び起きて大慌てするその直前まで。
アーデライトは瞳に漆黒に揺らめく意志を宿して、彼を撫で続けていたのだとか。
その日の夜、アーデライトはフルトを自室に招いた。
「あの、アーデライト? これは一体?」
「決まってるでしょ。今夜は一緒の部屋で寝るの」
「ん? 待って。僕も……ですか?」
「嫌なの?」
「いや、そうでは……その」
憧れの展開。
日中の湖水浴だけでなく、夜ですら彼に祝福を与えていた。