実りゆく季節
「フルト、はい、あ~ん」
「お嬢様! おやめくださ……アチチ」
「ダメよ。まだ安静にしてなきゃいけないんだから」
「ですからあのときの回復魔術で僕は……」
「ダメ!」
「過保護ですか!? 僕は執事ですよ!」
「私は主人よ! はい、あ~ん!」
「うぅ」
あれから数日経ち、回復こそすれまだ本調子にならないフルトを寝かせて看病するアーデライト。
慣れない、というよりも本来ならあり得ない待遇にどうしたらいいかわからずドギマギするフルトは顔を赤らめながらベッドで食べさせてもらっていた。
「こんなの、執事が受けるようなことじゃない……普通あり得ませんよ」
「ウチはウチ、よそはよそ」
「そんなぁ」
「いいじゃない。ホラ、思い出すでしょ?アナタが小さいころに熱だして私が部屋に入ろうとしたの」
「……あぁ確かそんなことも。ですがメイドや執事長に止められていましたね」
「あのときだって、今みたいなことしたかったのよ? すっごく苦しそうで、心配だったから」
「……ッ」
「どうしたの? お水飲む?」
「……お嬢様がそうしたかったのはどうして? 僕が弟のようだったからですか?」
「フルト?」
「いえ、申し訳ありません。……お腹いっぱいになりました。介助までしていただいて感謝の言葉もございません。このご恩は必ずや日々のご奉仕にて」
フルトが頭を傾けた直後、ふんわりとした感触と、薔薇の香りが包み込んだ。
「お、お嬢、様……?」
「早く元気になってね。アナタがずっとこうしてると、私ひとりで屋敷を歩き回らなきゃだから」
包容の中でフルトは彼女の温かさを知る。
幼少のころでは気付けなかった彼女の思いが、今は別の形で心に映った。
「お嬢様」
「なぁに?」
「ご迷惑でなければ……大変浅ましいようですが、その……もう少し、このままでいたいのですが」
「私も、まだアナタを抱き締めていたい」
「お嬢様……」
「アーデライトって、名前で呼んで」
「え?」
「今だけでいい。私のワガママ。できれば、これからも呼んでほしいけど……」
「アーデライト、様……」
「もう、堅いんだから」
「申し訳ありません……」
言葉に反して、互いの表情はほんのりと緩み、心身ともに委ね合う。
「しばらくはお休みね。ここまでやったんだもの」
「よろしいのですか? 復讐ならば早いほうが……」
「復讐も大事だけどプライベートもそれと同じくらい大事にしないと」
フルトから離れる間際、愛おしく彼の頬撫で、額にキスをする。
かたまってしまった彼に微笑みながら、アーデライトは部屋を出た。
「お嬢、様……いや、アーデライト……あぁ、アーデライト……ッ!」
フルトは祈るように両手を握り合わせる。
「神様……アナタなのですか? 一介の執事である僕に……こんなにも愛おしくも残酷な道を示してくださったのは……ッ!」
もはや彼女への思いは限界突破していた。
────『アーデライトが欲しい』。
身分もなにもかもが桁違い。
本当の親の顔など知らぬ天涯孤独の少年にもたらされた、地獄のような恋慕。
今思えば幼いころ孤児院より引き取られ、初めて彼女に出会ったときから……?
「アーデライト……僕は、アナタを……」
撫でられた側の頬に自分の手を当てる。
「……幸せにできるだろうか。真実の愛を、与えられるだろうか……こんな、僕に」