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フルトの気合い

「なによこの黒薔薇! 炎が全然効かないじゃない!」


 メイスの先端が炎の魔力で灼熱と化している。

 振り回しながら松明のように夜闇を切り裂くも、黒薔薇の脅威を退けられない。


「当たり前よ。私の力は特別だから」


「そぉ、アンタがハイゼルク家の次男を殺したってわけね。でもアンタがそんな力持ってるなんて情報は……」


「あるはずがないじゃない。これは死んだお父様お母様からの贈り物。私に残してくれた復讐の力よ」


 妖艶な笑みとともに取り出したのは少し長めのアイスピック。

 鋭くとがった抜き身は、黒いドレスと周囲の黒薔薇の色合いに紛れて不気味にも間合いがはかれない。


「ハッ、そんなものでアタシが殺せるとでも?」


「この力との相性は抜群よ。それに、剣とかナイフよりも、こっちのほうがしっくりくるの」


 次の瞬間にはアーデライトの姿は舞う花弁にまぎれてその場から消える。

 歴戦の目を以てしてもどこへ行ったか見抜けず、気配すら読めない。

 

 それがユリエルに恐怖を与えた。


「どこよ! 出てきなさい!」


 スゥウ……。


 背後から首筋にかけて振り下ろされるアイスピック。

 

 ザクゥウウッ!!


「ギャアア!! この……!!」


 寸でのところで回避しメイスを振り回すもアーデライトはもういない。

 宵闇が花弁と茨で隠れ、異界めいた空間にただひとり。


 臭いも視界も、耳もほぼ役に立たない。

 完全なるアーデライトの世界で、嬲り殺しにされようとしている事実に、ユリエルは屈辱に悶える。


「くそう、くそう!!」


「さぁ、彼を待たしてるからそろそろフィナーレといきましょうか」


 ユルエルの目に映る世界は一変。

 茨も花弁もなくなり、眼前には不自然なほどに大きな月。


 幻覚とわかっていても、気持ち悪いほどにリアリティがある。

 

「なに、これ……?」


「私の月、薔薇乱れるは、血の煙。黒ずんで、錆びて縮んで、堕ちるだけ」


「アナタ、なにを!!」


「ようこそ、黒薔薇の世界へ」


 月は砕け、その隙間から流血のように花弁が舞い落ちる。

 それは大地を埋め尽くす穏やかな波となり、ユリエルの下半身を覆った。


「あ……」


 恐怖はなかったがそれ以上の無力感。

 どれだけ力が強くても、超えられないものがある。


 否、超えてはならないラインがある。


 ハイリスクハイリターンの問題ではない。

 そこにどれほどのリターンがあっても『超えてはならない』という暗黒の真理が、深淵でじっと見据えているのだ。


 万象を切り裂く花弁の渦に飲まれ、気づいたときには装甲服ごと肉体をズタズタにされ、生かされたままにされていることを。


「ギャアアアアアアアアア!! いだい! いだぁああい!!」


「どう? この力凄いのよ? 使えば使うほど強くなる。ブレイクのときとはわけが違うわ」


「ひ、ひぃいいいいい! お、お願い助け……」


「安心して。最期の一撃は、コレでやってあげるから」


 アイスピックを左目目がけて振り下ろす。

 眼球を貫通し、奥の脳を抉った。


 即死を確認したあとアイスピックの血をユリエルの布部分で拭った。

 

「さて、フルトはどうかしら?」


 

 フルトとバネッサの戦いは熾烈を極める。

 死んでいった主人や同僚、そしてアーデライトへの秘めたる思いが彼により一層の気迫と力を与えていた。


「ふふふ、やるじゃない。でも、身体がついていってないわね。そろそろ疲れてきたんじゃない?」


「黙れ!」


「ふん!」


 華麗な体術でフルトの攻撃をかわし、そしてカウンター。

 本来ならこれで殺せているはずなのだが、彼は一切怯まない。

 

(な、なんなのこの子。一体どこからこんな力が……!)


「くらえ!」


「小賢しい。これで終わりよ!」


 フルトが大振りの横一閃。

 これをチャンスとバネッサは飛び上り、瓦礫に捕まる。


 そこから持ち上げるようにしてフルトの首を太ももで締め上げた。

 布地や彼女の下腹部で前方が見えず、今にも首が折れそうな状態にフルトは苦しさで目を見開く。


「楽しかったわ君。強い男の子は好きよ。でも残念。死んでもらうわ」


「うぐ、が……」


「君本当に可愛い見た目してるね。あーあ、ちゃんと屋敷で殺しとくんだったわ。……安心して、君を殺したあと、あのお嬢様もぶっ殺してあげるから!」


 締め上げる力が強くなったせいで、剣を落としてしまう。

 意識が飛びそうになった直後、アーデライトの顔が浮かんだ。


「ぬ、おぉおお……!」


「な、なんですって」


「でぇえりゃああああああ!!」


「ちょ、ちょっと!!」


 フルトは後ろに倒れるようにバネッサを振り下ろした。

 両手に凄まじい荷重がかかったことで、彼女の手は瓦礫を離れる。


 受け身を取ることも叶わず、そのまま勢いよく顔面を地面に叩きつけられた。


「か、はぁあ!」


 断末魔が上がったあと、頭部には血だまりができており、ピクリとも動かなくなった。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 息せき切ってバネッサをどかせたあと、フルトは剣を握り彼女の身体を突き刺す。

 馬乗りになって、何度も、何度も、恨みを込めて。


「ハァ、ハァ、……行かなくちゃ、お嬢様のところへ」


 フルトは剣を杖代わりにアーデライトのもとへと向かう。


「フルト! 大丈夫だった!?」


「えぇ、いくらか喰らいましたけど大丈夫です」


「ひどい怪我じゃない!」


「お、お嬢様! 汚れてしまいます!」


「なにを言ってるのよ。アナタはたったひとりの大事な人なのよ。そんなこと言わないで!」


 アーデライトはハンカチでフルトの血を拭う。

 しばらくして使い魔の魔術師が転移してきた。


 回復魔術を施してもらうも、力が入らない。

 アーデライトは肩を貸してフルトとともに歩く。


「やるじゃないフルト。見たかったなぁアナタの勇姿」


「いえ、無様を晒してしまったので……」


「そんなことない。アナタは勇敢に戦った。でなきゃこうして生きてるわけないもの」


「お嬢様……」


「帰りましょう。私たちの家に」


「はい、お嬢様」 

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