ふたりの時間を
あれから数日後、アーデライトは3人の使者より連絡を受ける。
「フルト、私の家族を殺した不届き者が動き出したみたい」
「本当ですか!?」
「……双子の美人傭兵だなんて。あの家の連中らしいわね」
「……バネッサとユリエル、ですね。僕はあのとき……」
「いいわフルト。大事なのはこれからよ。ふたりで仕留めましょう」
「僕で力になれるでしょうか。今のお嬢様おひとりならば……」
「フルト、アナタは無力じゃない。現に今の私がいるのはアナタのお陰なんだから。それに、アナタだって体術できるじゃない」
「そりゃあ、まぁ」
「これは、私たちふたりの復讐よ」
アーデライトから差し伸べられる手を、フルトはひざまずきながら取った。
「お嬢様、僕の命、存分にお使いください」
「んもう、フルトったら堅い! 私たちはふたりでひとり!」
「それはさすがに……」
「ふん、いいわ。いずれわからせてあげるから」
「お嬢様、色んな意味で変わりましたね」
「だからアナタのお陰なの。ねぇ、今日は天気がいいわ。外で食事なんてどうかしら?」
「外で、ですか?」
「これからの復讐のために。そしてこれからの私たちのために」
「……かしこまりました。お嬢様」
別荘から少し離れた場所にある湖の畔。
そこにパラソルを立てて景色ともども堪能する。
「執事が主とともに食事をとるだなんて……」
「これが今の私流。アナタは執事。合わせるのは当然よ」
「かしこまりましたお嬢様。……しかし、社交界にお戻りになられるおつもりならこういったことは避けたほうが……」
「あら、いつ私が戻るって?」
「え?」
「私はもうあの世界には戻らない。見たでしょうあのおぞましさ。……フルトはまた戻りたいの?」
「……僕は、お嬢様の行きたい場所こそが、居場所です。お嬢様がなにを望まれようと、ずっと傍でお仕えいたします」
「嬉しい。これからもよろしくね私の可愛い執事君」
「か、か、からかわないでください」
頬染めるフルトは視線を左右にしてなんとかアーデライトを目に写さないようにしている。
その所作がなんともいじらしい。
(可愛い……本当に可愛いなぁフルトは。私がまだ小さかったころ、この子もっと小さかったんだよなぁ。思い出すなぁ。今じゃこんなに成長して……)
暖かな光を木々が吸収し、そよ風を呼ぶ。
湖面に広がるいくつもの波紋は、これからの未來を暗示しているようだった。
そして、忌まわしい闇の者どもも動き出す。
双子の傭兵、バネッサとユリエルは邪悪な笑みを浮かべながらアーデライト捜索に乗り出していた。
「ねぇバネッサ。ホントにこの辺りにいるの?」
「知らないわ。ハイゼルク家の報告ではそうなってるけど……ど~も、適当くさいのよねぇ」
「そうよねぇ。焦ってたっぽいし」
扇情的な拳法着をまとったバネッサと、メイスを片手にドレスのような装甲服をまとうユリエル。
「今日はもう休みましょう」
「さんせ~。まったく、事前情報ぐらいキチッとしときなさいよねぇ。アタシたちは殺すのが好きなだけでなのにさぁ」
「ワガママ言わないの。さ、宿に戻るわよ」
宿に戻り、自室のドアを開いたときだった。
ふと流れる風の音色に不審の色を浮かべる。
人の気配はない。
覗いてみると、開けた覚えのない窓の縁に手紙が挟んである。
見たことのある家紋、間違いなくアーデライトのものだ。
「バネッサ、これって……」
「えぇ、招待状ってやつかしら?」
上質な紙に書かれていたのは指定の場所を示すもの。
今宵、焼け落ちたあの屋敷で待つと。
「へぇ……」
「これって、アタシたちに対する挑戦状? マジウケるんだけど」
「いいじゃない。しかもこの場所……。舐められたものね。でも油断しないほうがいいわ。あのブレイクを倒した異能者がいるくらいだからなにか策があるのかも」
しかしそれでも高笑いを禁じ得ない。
調子は上々、やっと殺しと言う好きな仕事ができると意気込むふたりは馬を走らせ、焼け落ちた屋敷へと向かう。
「アッハ、懐かしい。覚えてるバネッサ? ここの連中皆殺しにしたの」
「えぇ、新しい技の的にしたわ。あれで骨や内臓を抉るの。メチャクチャ興奮したわ」
「ヤバイ、思い出しただけでゾクゾクしちゃう」
ふたりは勇み足で奥へ進むと、そこには……。
「お待ちしておりました。バネッサ様、ユリエル様。僕はアーデライト様にお仕えする執事、フルトと申します」
「あれ、なぁにボクちゃんひとり?」
「見たことあるような、ないような」
「……と、挨拶はここまで。お前らはお嬢様のご両親、そして僕の同僚たちの仇だ」
「で、ここで死んでもらうぞってわけ? ボクちゃんバカねぇ。そんなナマクラでアタシたちに勝てるとでも?」
「安心して。とりあえずは殺さない。ボッコボコにしてそのお嬢様の居場所を吐かせてやる」
ふたりがジリジリと迫る中、フルトは静かに剣を構える。
最初に出たのはバネッサ。
一気に跳躍し鋭い掌底が叩き込まれようとした。
だが地面から勢い良く伸びる茨の渦に攻撃を阻まれる。
「な! この力は!」
「まんまと罠にかかったんだよお前らは!」
「なんですって!?」
「キャアアなによこれ!」
気が付いたときには一帯が奇怪な茨によって制圧されかかっていた。
そのせいでバネッサとユルエルは分断される。
「これでお前と僕。ふたりだけだ」
「ふぅん、やるじゃない。でも、見た感じこれは君の異能じゃないね」
「だったらなんだ」
「体術で私に勝てるとでも?」
「やってみるさ!」
フルトとバネッサが剣と拳を交える中、ユルエルもまたアーデライトと交戦していた。