アーデライトの凱旋
その夜、ブレイクの城は天高く燃え盛る。
宵闇を熱風が掻き乱す中、アーデライトとフルトは別荘へと駆けていった。
国に名を残すハイゼルク家の次男が黒薔薇と一体化したような死体になって焼け落ちた古城から見つかった。
これは大事件として世に知れわたることとなる。
「フルト、世間の動きはどうかしら?」
「次男ブレイクの死で貴族の界隈は大騒ぎですね。犯人捜しも難航しているようです」
「それもそうよね。……ん~もう少しだけ人員増やそうかしら」
「お気遣い感謝いたしますが、僕だけでも十分です」
「でも何日もいなくなっちゃうじゃない」
「それは、まぁ……」
「アナタと一緒にいられないのはなぁ~」
「うぅ、ですが、それではどうなさるのです?」
「そう言うと思って準備したの」
指を鳴らすと3人の女性が現れる。
黒い薔薇が3つ、空間に召喚され、咲くと中から片膝をつくように頭を垂れていた。
「これは……」
「ブレイクの城で殺された3人よ。私の能力で操ってる。使い魔のような状態ね」
「そのようなことまで!?」
「死んだ彼女たちには悪いけど、鎮魂はもっと先にしてもらうわ。それに、この3人にも復讐の権利はあると思わない?」
「お嬢様の望まれるままに」
情報収集はこれまで以上にしやすくなったことで、フルトとの時間も増えた。
そして2ヶ月ほど過ぎたある日、ハイゼルクの屋敷で盛大なパーティーが開かれた。
次男へのはなむけも兼ねて、その規模は今まで以上に豪華絢爛。
派手好きと噂のブレイクの死を悼むために、大勢の客を招き寄せ、酒や料理を振る舞った。
「サングリア殿、この度は弟君が……」
「えぇ、しかしこうして皆様方に来ていただいて、弟も喜んでいることでしょう」
「おや、ラベッツ殿は?」
「あぁ、三男は……ちょっと席を外しているようだ。酒を飲むとすぐに夜風を当たると言ってこれだ」
長男にして当主、サングリア・ハイゼルクは社交的な笑みで対応していく。
だが内心次男の死のことで気が気でない。
あの屈強な大男をどのようにしてやったのか。
苛立ちを必死に隠していると、周囲がざわつきだつ。
「何事ですかな?」
「いえ、少し様子を見て参ります。きっと粗相かなにかでしょう」
サングリアがその中心までやってくる。
────思わず目を疑った。
そこに現れたのはいるはずのない存在。
黒い薔薇のようなその佇まいには覚えがあった。
「……お久し振りですね、サングリア様」
アーデライトの狂気を含んだ微笑みを見せる。
それに気付かない客たちの視線は一斉にサングリアのほうに向いた。
「これはどういうことですサングリア殿! 彼女は死んだとされているのでは……」
「ハイゼルク家の方々が私を命懸けで助けてくださったのです。その後も賊から私を守るために、ずっとかくまってくださったのです」
「なんと!」
「さすがはハイゼルク家!」
「え、あ、あぁ……その、あはははは」
サングリアの心臓が一気にはね上がる。
口渇に多汗、身体の震えと目のかすみ。
それらが一気に襲いかかり、表情が安定できない。
「あらあら、どうされたの? ひどい汗」
アーデライトはニヤニヤとしながら彼の汗を拭いた。
令嬢というにはあまりにもセクシー路線で攻めたドレス。
胸元を大きく開けた部分からのぞく豊満な丸み。
あまりに蠱惑的ではあるが、今は吸い込まれそうなくらいに恐ろしい瞳から目を離せない。
「その申し訳ない。少し席を外させて……」
「まぁなにをおっしゃいますの。どうか皆様方に紹介してください。アナタ方ハイゼルク家は命の恩人なのだから」
腕に絡み付きサングリアを会場の中心へと誘導しようと歩きだす。
注目が集まる中から拍手の音も。
絢爛な会場に紛れ込んだ黒薔薇の姿に誰もが興奮し、ハイゼルクは恐れる。
「そう言えば、次男のブレイク様がお亡くなりになられたと。なんと……あの方は力もあり、包容力もある頼もしいお方でしたのに」
「あ、あぁ……ッ」
この女はなにかを知っている。
確信めいた直感が警鐘を鳴らし、あらゆる可能性を巡らせた。
(この女を逃がしたのは誰だ? 間違いなく協力者がいる。だが誰だ? 一体誰が)
気がつけば人集りがさらに密になっていく。
どうしてこうなったのか、どう説明したものか困っていたとき。
「まったく困った人ですね。勝手に動き回るなんて」
2階から現れたのは黒い背広と肩についた黒い羽根飾りが特徴的な男。
「ラベッツ!」
「兄上、お酒の飲み過ぎでは? 顔がひどく赤い。ハッハッハッハッ」
笑いながらアーデライトのほうへと降りてくる。
「アーデライト嬢、お体のお加減は?」
臆面もなくアーデライトの嘘に乗っかるラベッツの表情に、サングリアのような焦りは感じない。
「えぇ、お陰さまで。……ラベッツ様、私もこの宴にご同席してもよろしいかしら?」
「……ぜひとも。歓迎しますよ。ねぇ兄上?」
「あ、あぁ」
うろたえる兄、なにを考えているか読めない三男。
だが最初の印象付けとしては上々だ。
次男の死と同時にかつて捕えた女が公然と現れたとあれば、内心穏やかではないはず。
近々手を打ってくる。
予想できるのは、例の賊か。
時間は過ぎ、パーティーもお開き。
ハイゼルク家は彼女をもう一度捕らえようとしたが、忽然と姿を消したことで大慌て。
「おい一体どうなっているのだ!」
「兄上落ち着いて」
「落ち着いてられるか! あの女が……あの女が……!」
「いたんだからどうしようもない」
「お前……ッ! ことの大きさをわかっているのか!?」
「わかってるからこそ、こうして落ち着いてるんじゃあないですか。……例の賊どもを使い、彼女を探させましょう」
「わかっている!」
(それと、ブレイク兄の死体……あの女がやったとするならば、どうやって? 腕のいい魔術師でもあんな異能は……)
ハイゼルク家に立ち込める暗雲は、彼らの心の中で歪な形で咲き乱れる。