鋼の肉体は薔薇に砕ける
ブレイク・ハイゼルクの居場所はここから東の谷を抜けた古城にいる。
「行きましょう。馬を用意して」
「かしこまりました」
絶対に、傷はもちろん指の一本さえ触れさせてなるものか。
フルトは意志にも鎧をまとわせ、彼女を連れて古城へと向かった。
「あれが古城ね。でも、そこまで兵隊はいないみたい」
「お嬢様を探すために人員を割いているのでしょう。それにしても手薄だ」
「人使いが荒いのね」
「人を使うのが下手な証拠です。これなら忍び込むなら今でしょう」
裏口から侵入することに成功する。
しばらくブレイクを探していたが見つからずだったが、石像に仕掛けられた妙なトリックを解くと地下へと通じる道が見つかった。
その奥には凄惨なものが広がっていた。
「あ゛ぁ゛!! あ゛あ゛あ゛!!」
「ウォオラァアアアア!!」
特設闘技舞台。
その上には上半身裸のブレイクと3人の若い女。
鎧を剥がされた騎士とゆったりとした衣装の魔術師がリングに倒れており、今まさにメイドが痛め付けられている。
「ぬんッ!!」
ゴキィイッ!!
「か……、ふ……ッ」
メイドは力尽き、乱雑に投げ捨てられる。
「ふぅぅ~~、クソ、全然スッキリしねぇ!! さっさとアーデライトを見つけろってんだよまったく。おい、コイツら片付けろ!!」
数人の従者、見たところ非戦闘員。
彼らが遺体を片付けつために外している間がチャンスだ。
「チクショウがぁぁああ!!」
暴れても満たされない感情に叫んだとき、黒薔薇の気配をまとった彼女は姿を現す。
「お久し振りね。ブレイク」
「て、テメェは!? なんで、どうして!?」
「ずいぶんと趣味の悪い遊びね。まあ、ひと目見たときから下品な方と思ってたからさほど驚きはしなかったけど」
「言ってくれるじゃねぇか!」
獲物を見つけた喜びと侮蔑の目への怒りもあって、ブレイクはさらに興奮する。
猪突猛進で迫ってくるブレイクに鋭い視線で微笑むアーデライト。
(お嬢様、ひとりで行くって……くそうやっぱり僕も一緒に!!)
直後、場の空気は一変。
どこからともなく黒薔薇の花びらが舞う。
「あ? なんだぁこりゃ」
「ここからは私のステージよ。下品な筋肉男にはご退場願おうかしら」
「なにを────」
ドグチャアッッッ!!
「ぐ、グギャァァァアアア!? う、腕がぁぁぁあああ!!」
右腕が弾け、血と黒々とした薔薇が突き抜ける。
(なんだ? ……俺は一体、なにをされた!?)
うずくまるブレイクを見下ろしながら、アーデライトは右手を掲げた。
「これが私の誓いの印。お父様とお母様が遺した黒薔薇の力よ」
「黒、薔薇……? テメェなにを……そんな話聞いてねぇぞ!!」
「理解してもらおうとは思わない。アナタはたっぷり苦しんでもらったあとに、生け贄になってもらうから」
メリメリメリ、ギチギチ、グチャッ!!
「あがぁああああああああ!? ナンデ、黒薔薇……俺の身体から突き破って……グハガアア!!」
棘と薔薇が分厚い筋肉を突き破り、ブレイクをがんじがらめにしていった。
「いでぇえ! いでぇえよぉおお! 外せ、頼むこれを外してくれぇぇぇえええ!!」
ボンッッッ!!
「おぐ、あぁあああ!!」
ブレイクの鋼の肉体は異能の薔薇によって意図も簡単に斬り裂かれる。
彼女の心は黒く煮えたぎっていた。
薔薇はその願いを叶えるため、憎きハイゼルクに毒牙を向ける。
「フルト」
「はい」
「怖い?」
「……いいえ」
「よく見てて。これが今の私」
「後始末はお任せください」
「ありがとう。お願いね」
「おい、なに話してんだ……早く、俺を、解放しろ! じゃねえとタダじゃ」
ザシュウッ!!
「うぎゃあああ!! や、やめろ! もうやめてくれ! わかった謝る! だからこれ以上は」
グチャグチャグチャッ!!
「あがぁああ!! テメェなにしやがる! このアマ、もう許さねぇえ! ハイゼルク家を舐めやがって! こんなことしたら俺の兄弟が……」
「その兄弟も地獄に送ってあげる。アナタのようにたっぷり可愛がったあとにね」
「……おい、おいやめろ……やめてくれ。悪かった言いすぎた。頼む死にたくない! 俺はまだ死にたくねぇんだよ頼む殺さないでくれ!」
鼻水混じりに撒き散らす彼の醜態を視界にしハンカチで鼻を覆う。
「自慢の筋肉も台無しね。汗臭いから嫌だったのそれ。……私の薔薇で少しはマシになったと思ったけど、やっぱりダメね」
今度は首がメリメリと軋みだす。
自身の肉体をいじめ抜き、筋肉による美とそれで産み出せる惨劇を知り尽くしたブレイクは、自分になにが起ころうとしているのかすぐにわかった。
「や、やめ、ろ……ぐぁぁぁあああ!!」
ついには首が引き千切れ……。
バシャァァァァアアアッ!!
おびただしい噴血のど真ん中で、巨大な黒の薔薇が咲く。
見るも無惨なオブジェクトの出来上がりだ。
「まずはひとり」
「ブレイク・ハイゼルク……国一番の力自慢もこうなると無惨なものですね」
「フルト、ここからはもっと悲惨なことになるわ。覚悟はいいわね?」
「どこまでもお供いたします」