最後の戦いへ
「魔術師の報告によれば、奴は突然現れたとのことでしたね」
「えぇ、なんらかの能力で身を隠して気を伺っているんでしょう」
「一時的な平和ですか。皮肉なものですね。アーデライトの力なくして、誰もラベッツを捕えられないなんて」
「それでいいのよ。これは私たちとハイゼルク家の因縁。誰にも邪魔させない。いいえ、不可能よ。もう、その領域を越えてしまった」
「……奴がなんらかのアクションを起こすまで、我々はなにを?」
「そうね……お茶でもしていましょう」
「フ、呑気ですね相変わらず」
「私たちは貴族なんだから、優雅にしてないと」
「怖くはないのですか?」
「……ないわ。恐れは常に自分の内側から来るもの。すでに断ち切ってる」
「まるで達人のような言いぶりですね」
「あらわからないの? アナタがいなかったら出ない台詞なのに」
「え、僕がですか? まさか~」
「ホントよ。今さら再確認なんて必要? まぁ、それでも必要って言うのなら、たっぷり教えて上げるけど?」
「え、え、ぇ!?」
フルトは顎をクイッと上げられ狼狽する。
顔が近く互いの顔色と吐息がかかって、より濃密な距離感が場を支配した。
最初のころなら、ここでアーデライトから離れようとするだろうが、フルトは生唾を飲み彼女の頬に手を添える。
「フルト……」
「教えて上げる……だなんて……ずいぶんな物言いですね。……アナタ、こそ、その……えっと……」
「……」
彼から目が離せなかった。
目が見開いていき、胸の奥が脈打ち、吐息に艶が出てくる。
「あんまりおいたが過ぎれば、執事として……いえ、ひとりの男として……僕がアナタに、たっぷり教えて上げますが……ッ!」
火照った顔、潤んだ目をしたフルトに彼女は圧倒された。
いつも弟のように可愛がって、いつもからかっては楽しんでいた少年。
無論異性として好意はあるが、こうして面と向かって返されたことで、フリーズし思わず言葉がつまってしまう。
「フルト……」
「ど、どうなんですかアーデライト」
「……あう」
アーデライトも赤面し視線を左右に何度も動かす始末。
言葉が出ない。
そんな彼女を落ち着かせるために、フルトは決断を以て抱き締めた。
ふんわりと漂う薫りに華奢な身体から感じる柔らかさが、フルトの鼓動を高鳴らせた。
アーデライトに抵抗の意志はない。
まだわずかに身長の低い彼の抱擁に身を委ね、呼吸の荒さを静かに整えようとしていた。
「……ッ」
「もう、昔みたいにいきませんよアーデライト……」
「あ、あう……」
「……おいたが過ぎるんですよ。その、僕は仕事に戻りますのでそれでは!!」
バッと離れようとしたときアーデライトは彼の手を掴んだ。
「は、離れていいだなんて言ってない!」
「いや、でも……」
「も、もう少し……」
「だ、ダメです! これ以上は僕がヤバいんです!! り、理性が!」
「自分からいっておいてなによ! 最後まで責任持ちなさい!」
「いや、アーデライトが最初に! ……くうう」
根負けしたフルトであったがその腹いせにと先ほどより力強く抱きしめた。
「ひゃん!」
普段聞かない声を聞いたことで理性が吹っ飛びかけ、彼女を勢いよくソファーに寝かせ、覆いかぶさる。
ソファーの柔らかさとやや感じる彼の重みに挟まれ、身動きが取れなくなったアーデライト。
少し調子に乗り過ぎたがゆえに思わぬ反撃を喰らった。
だが積極的なフルトに胸を躍らせている自分に、どこか満足感を得ている。
「アーデライト」
「な、なに……?」
「すべてが終わったら、その、僕と……結婚してください」
「フルト……!」
「ひとりの人間として、ひとりの男として……。僕は、覚悟を決めました」
真っ直ぐな瞳にアーデライトは嬉しさがこみ上げてくる。
すぐに返事をしたかったが、彼女は優しく彼を起こした。
「その返事は、全部終わってからでもいい? 今度はごまかしたり、からかったりしないから。これは約束。ひとりの人間として、ひとりの女としてのね」
「……わかりました」
「あは、顔真っ赤!」
「アーデライトも人のこと言えませんよ」
「まぁ、無理矢理レディーをソファーに押し倒した執事とは思えない言葉ですこと」
「ちょ、それは誤解が……!」
「誤解? さぁてどうでしょうかねぇ?」
「もう……」
「フルト、相手がコンタクトを取ってくるとしたら、どんな方法があるかしら」
「んー、どうでしょう。我々の居場所がわかっているのなら手紙なりなんなりでしょうが……お互いどこにいるかわからないとなれば、場所指定でしょうね」
「そのとおり。殺しをやめたってなれば別の方法だろうけど。……なにしでかす気かしら」
「なにしろ異常者ですから、我々に計りかねます」
「様子見、かぁ」
からかいもほどほどに、悠々とした時間を過ごす。
この先敵とぶつかり合うとは思えないほどに、のどかで、静かで。
地味な待ち時間を優雅に過ごすのも令嬢のたしなみである。
アーデライトは揺らがない。
そして運命のときが訪れた。
「アーデライト、使者のひとりがかつてのお屋敷で見つけました」
「見せて」
ハイゼルク家の紋章が描かれた赤い封蠟。
上質な手紙に書かれる上品な言葉遣いの招待状。
ただインクは下品にも血液であるが。
「この血、犠牲者のでしょうかね……?」
「末っ子は末っ子で趣味悪い……。どこまでも裏の読めない男」
「場所は……元ハイゼルク邸。時間は明日の丁度午前1時」
「私の屋敷に始まり、アイツらの屋敷か」
「罠をしかけてくるかも」
「ホームグラウンドを選んだわけだからね。……上等よ」
らしくないと言われればそれまでだが、華奢な拳を力強く握る。
輝いていた日常を無情にも消され、暗黒に蝕まれた日々を送る羽目になってしまった。
だが終わりは近い。
戦いの先には黄金に勝る日々が待っているのだから。




