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没落のカウントダウン

 まだ心の準備ができていないフルトにはオーバーフローを起こしかねないほどの衝撃。

 執事としての矜持と理性が足止めをかけるも、本当の気持ちは正直にアーデライトに寄り添いたがっている。


「ほらはーやーくー」


「は、はい……」


 ベッド端に座るフルトに小首を傾げながら。


「寝転ばないの?」


「いえ、その、昼間湖で寝すぎてしまったのであんまり眠くないのです」


「ふ~ん、じゃあ本でもどう?」


「えぇ、はい」


 分厚い本がベッドの上を埋め尽くす。

 これだけ読めるはずもないのに興味あるものをそのまま散りばめた感じだ。


 適当に手に取ってページをめくるフルトの背後で、アーデライトは寝転びながら小説を読んでいる。

 ゆったりとした寝間着に浮き彫りになる背中のラインがふと横目によぎった。


「……あの、アーデライト」


「なぁに?」


「……いえ、なんでも」


 彼の背後で布地が擦れる音がする。

 嫌でもイメージが膨らむことで、本の内容が入ってこない。


 しかしそれが逆に心地良くもある。

 彼女とともにあることが耳でも鼻でも、目でも確かめられるのだから。


「ねぇフルト」


「なんでしょう」


「こっち向いて」


「……なぜ?」


「命令」


「こ、こういうときだけ……ッ」


 顔が熱くなるのを耐えながらアーデライトのほうを見る。

 本をお腹に乗せるようにしながら微笑みかけ。


「やっぱりドギマギしてた」


「笑わば笑えです」


「そう言わないで。もっともっと好きになりたいの、私」


「アーデライト……」


「でも、そのためにはハイゼルク家を倒さないとダメ。そろそろ次の行動に移ろうと思うの」


「……そう言うことであれば、なんなりとお申し付けください」


「今連中はかなり痛手をこうむってる。ここで奴らの名誉に傷をつけるのよ」


「情報ですか」


「そう、アイツらの悪事を暴いてやる。ブレイクであんなことしてたんだから恐らく長男も三男もえげついことしてるわ」


「一番広めやすいのはブレイクですね。ただ、古城は燃えてしまいましたから……」


「心配いらない。あの子たちを使うから」


「……なるほど。手札は多ければ多いほどいい」


「知られざる古城の悲劇、ブレイクの裏側。当然ほかの兄弟にも疑念の目が向く」


 ほかにも案を出しあい、作戦をより強力なものにしていく。

 次の日から作戦は実行された。


 ハイゼルク家の噂が、徐々に、徐々に広まり始める。

 最初はとるに足らないゴシップだったが、話のグロテスクさに惹かれた噂好きの人々が尾ひれを付け足していった。


 隠しごとが独り歩きされると、もはや権力ではどうしようもない。


 ハイゼルク家の名はどんどん地に落ちていく。

 やがて国王の耳にも入り、彼らの立場は崖っぷちとなった。


「やばい……やばい……やばい……、ブレイクのやったことがバレた、だと? おまけになんだ。アーデライト誘拐の疑惑まで。いや真実なのだが……クソウ! 一体、一体なんでこんなことに!」


 そしてひとつの推論を立てる。

 この噂の出どころの張本人。


「あ、あ、あのアマ~~~ッ!! くそ、だから早くに始末しておくべきだったんだ。いや、それよりもアイツを逃がしてしまったことが……」


 悔恨が時間を食い潰していく。

 考えたのは亡命、並びにアーデライトの抹殺。


「アーデライトを殺す……見つけなければ、でも、どうやって……」


 手段は尽き、(ほぞ)をかみ続けていたときだった。

 まさに悪魔のようなタイミング。


 アーデライトの招待状。

 場所は例の屋敷。


 女たちをいたぶり愉しむ、今やハイゼルクにとっても呪われた場所で時刻は深夜。


「なんだと……奴が?」


 サングリアは生唾を飲んで覚悟を決めた。


(そうだ、落ち着け。これは神が与えたもうたチャンスだ。決着をつけてやる! 大丈夫だ。奴がどんなトリックを使おうと、俺の能力は無敵だ)


 サングリアはすぐさま待ち伏せの準備をする。

 

「運はまだ俺に味方してる。そう、味方してくれているんだ。アイツを殺し、この国を出る。今より貧しくはなっちまうが、かまうもんか。生きてりゃチャンスはある。国を出たら、女をいたぶる見世物でもやるか。ククク、それで大儲けだ」


 礼拝堂のような広間で、気迫を振り絞り邪悪な笑みを浮かべてみせる。


 どこまでも高い天井に描かれた天使と聖母。

 ハイゼルク家の蛮行をどれだけ見ていたことだろう。


 そして深夜。

 扉は開かれ、アーデライトは彼の前に現れる。

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