花弁は堕ちる。
アーデライトは誰もが羨む美貌の持ち主であり、その黒髪と佇まいから『黒き薔薇の乙女』と言われている。
紫水晶の瞳と薄いルージュで微笑まれれば、胸を弾ませない者はおらぬほどに。
しかし、ある一夜を以てすべてを失った。
アーデライトに求愛するも断られ、恥をかかされたとして、ハイゼルク家の3兄弟が賊を雇い家を襲ったのだ。
「……う、うぅ」
「気づきましたかアーデライト嬢。サングリアです」
「アナタはハイゼルクの長男の……ここは、どこなの」
「屋敷の地下牢。ここはね。ハイゼルクにとって特別な場所なんですよ。女たちを拷問して愉しむっていうね」
そうこうしているうちに次男と三男も入ってきた。
メンツを潰されたと逆恨みし、今まさに無力なアーデライトに襲いかかろうとしていた。
「かわいい弟たちはアンタを痛め付けたくてウズウズしてる。……簡単には死なないでくれよ? 俺だってたっぷり愉しみたいんだからよ」
「こ、こんなことをしてタダで済むとでも!? いずれ誰かが気づくはずよ!」
「ギャハハハハ! ざんね~ん。お前は賊に殺されたことになってんだよぉ。屋敷にいた両親や使用人もろともなぁ!!」
上衣を脱ぎ捨て筋骨隆々の上半身を見せつけながら笑う次男に、アーデライトは青ざめる。
「ウソ……そんな……!」
「時間はたっぷりある。俺たちを舐めた罪、苦痛と絶望で償ってもらうからな!」
それから地獄の日々が始まった。
毎日のように痛め付けられ、身も心もボロボロに。
黒い薔薇と言われた彼女の美しさは、みるみる色褪せていった。
囚われてから数日後。
鉄のドアの 開く音。
だが足音が妙に軽く遠慮がち。
まるで警戒しているかのよう。
「お嬢様。……お嬢様。僕です。フルトです」
「フル、ト……? あ、あぁ!」
「遅くなり大変申し訳ありません。お迎えにあがりました」
屋敷に仕えていた最年少の執事で、アーデライトは彼を弟のように可愛がっていた。
彼は一人前に見てもらいたくて何度もそれを注意するが、彼女は面白がってやめない。
そんな毎日があったのは今となっては昔の話ではあるが。
「アナタ、生きていたのね。フルト……よかった……よかった……」
「お嬢様……なんてお姿に。すぐに拘束を解きます」
手際よく手を動かすも、彼の目の下にはクマと涙の跡が広がっていた。
「僕がおぶります。さぁ、手を……」
アーデライトはそんな彼を優しく抱き締めた。
「お、お嬢、様……!」
「……ごめんなさい。……ごめんなさい、ありがとう」
「お嬢様、今は、逃げましょう」
フラフラな状態のアーデライトを背負ってフルトはハイゼルク家から脱出する。
「お嬢様。その……」
「知ってる。お父様もお母様も、じいやもばあやも、皆……」
「申し訳ありません。僕ひとり……おめおめと」
「馬鹿を言わないで。……もう希望はないと思っていた。でも、アナタが生きていてくれていた。本当によかった……」
「もうじき別荘につきます。そこで休みましょう」
別荘は森の中。
王都から離れた場所にある。
アーデライトの両親がふたりだけのプライベートに作ったものであり、隠れ家には最適だ。
「ここには食料も水も、衣服もなにもかもが揃っています」
「そう……お父様とお母様が遺してくれたのね」
アーデライトは傷ついた身体と心を癒すため、回復薬を飲んでベッドで休んだ。
柔らかく温かい布団にくるまれながら、彼女は安息の日々の第一歩を得ることになる。
よろしければブックマーク、★★★★★、よろしくお願いいたします!!!