52.狂気の刃
「まさか、本当に辻斬りとはな……」
「……!」
「だが、あまり舐めないでもらおうか」
私が魔法を放とうとする前に、ドルギアさんはその剣を抜いていた。
そういえば、店では携帯していなかった剣を、彼は今持っていたのである。
その剣によって、彼は辻斬りの刃を受け止めた。その手際は見事なものだ。流石は、騎士である。
「さて、アルヴェルド王国の騎士団の名において、お前を拘束させてもらうぞ」
「……」
「ダンマリか? まあ、いい。話は、お前を捕まえてから、ゆっくりと聞かせてもらうさ」
刃と刃が重なり合い、二人の動きは止まった。だが、硬直状態にはならなさそうである。
なぜなら、目に見えてドルギアさんの方に分があるからだ。体格の良い彼の力に、どちらかというと小柄な辻斬りは明らかに耐えられていない。
私がそう思っていると、ゆっくりと彼の体が後退していく。明確に、力負けしたようである。
「……うん?」
これなら、決着も早そうだ。私がそう思った刹那、黒ずくめの男の背中から何かが伸びてくる。
それは、植物の蔓のようなものだった。真っ黒な触手が、彼の背中から伸びてきたのだ。
「な、なんだ。それは……!」
ドルギアさんも、流石にその触手には驚いていた。それは、当たり前だ。あんなものが体から伸びてくるなんて、普通ではない。
それは、魔法に秀でた私でも驚くくらいのことだ。ドルギアさんなら、猶更だろう。
「ドルギアさん!」
「お、お嬢ちゃん? これは……」
その触手は、ドルギアさんに巻き付こうとしていた。
しかし、それは私が許さない。私は咄嗟に、魔法の刃を飛ばしたのだ。
その刃は、ドルギアさんの周りの触手を引き裂いていく。その様子には、流石の辻斬りもそれなりに動揺しているようだ。
「……なんだかわからないが、目論見が外れたようだな?」
「……」
「うおっ!」
そこで、辻斬りは大きく後退した。ドルギアさんの力に乗ることで、逃げようとしているようだ。
しかし、それを逃がすようでは騎士ではない。すぐに冷静さを取り戻したドルギアさんは、男との距離を詰めていく。
「逃がさんぞ!」
「……ちっ!」
そんなドルギアさんに、辻斬りは初めて声を発した。それは、イラついているような声のように思える。
だが、そこは問題ではない。問題は、その声がどこかで聞いたことがある声であるということだ。
「この声は……」
私は、記憶を探る。この声は、誰の声だっただろうか。
その声は、何度も聞いたことがある。だが、聞いて嬉しい声ではない。あまり思い出したくない声だ。




