30.少し抜けた姉
「トゥーリンの定食屋……?」
「ああ、まあ、そこはあまり突っ込まないでもらえるとありがたい……」
まず私が反応したのは、その店の名前である。トゥーリンの定食屋、その名前には驚かずにいられなかったのだ。
なぜなら、とても安直な名前だと思ったからである。
そういえば、サルドンさんもそんなことを言っていたかもしれない。定食屋だと言った時に、そう聞いたような気がする。
しかし、その時は店の名前とは思わなかった。だって、これが名前だとは流石に思わないだろう。
「姉貴は、少し抜けている所があるんだ。その地図も、この店の名前も……付き合っていると、時々疲れるんだよなぁ……」
ナーゼスは、しみじみとそう呟いていた。どうやら、彼も色々と苦労しているようだ。
「さて、そろそろ行くか……準備はいいよな?」
「あ、はい」
そこで、ナーゼスは店の戸に手をかけた。そして、それをゆっくりと開く。
すると、綺麗な店の内装が見えてきた。その店の中に、箒を持っている女性がいる。恐らく、その女性がトゥーリンさんなのだろう。
「あれ? もしかして、もう来たの?」
「ああ、もう来たぜ」
「お、思ったよりも早いのね? 私、びっくりしちゃった……その、今は準備中でね。掃除をしていたの」
「姉貴、現状の説明よりもまずは自己紹介をするべきじゃないか?」
「ああ、そうだった……えっと、私はトゥーリン。あなたは、ルルメアさんでいいのよね?」
「姉貴、その聞き方はどうなんだ?」
トゥーリンさんは、とても動揺していた。あまりに動揺していて、ナーゼスさんがフォローするくらいだ。
彼女は、私に対して気まずそうな視線を向けている。それが何故かはわかる。明白な理由があるからだ。
「ごめんなさい! 私、地図を間違えちゃって!」
「あ、いえ、気にしないでください」
私の視線に怯えたのか、トゥーリンさんは急に頭を下げてきた。
彼女の腰は、ほとんど直角に曲がっている。とても、すごい謝罪だ。
別に、彼女がしたことはそんなに悪いことではない。ここまで謝罪する必要は、ないと思うのだが。
というか、まだ私は何も言っていない。そんなに、私の視線は怖かったのだろうか。それは、少しショックである。
「姉貴、そういう風にすぐに謝らず、まずは彼女の話を聞くべきだろうが……」
「え? あ、ああ、そうね……確かに、そうだわ。ルルメアさん、ごめんなさい。私、色々と動揺していて……」
「だ、大丈夫です」
ナーゼスさんの指摘に、トゥーリンさんは少し落ち着いたようだ。
しかし、本当に大丈夫なのだろうか。彼女の様子を見て、私は色々と心配になってくるのだった。