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純粋な暴力

もう一度大きく息を吸って、リッカは周囲を見渡す。

リッカが立っていることに気付いたクルミが、少しだけ笑顔になってリッカに駆け寄る。


「リッカさん!よかった!これは、リナさんの能力ですね!!」


すぐに察したクルミはすごいが、しかしリッカにとってはそんなことどうでもよい。

周囲の状況を確認するため、クルミの顔を見ずに叫ぶ。


「水源はっ?水が入るのを止めないと、リナがっ!中にいる3人が…え?」


とにかく時間との戦いだと思って叫びながら、今上がってきた水面の方を向くと、目を疑うものがあった。

階段の最上段と水平に、まるで鏡面のように穏やかに凪いだ水面がそこにはあった。

クルミも鈴木も、困った表情でその場に佇んでいる。


水源がない(・・・・・)んです。鈴木さんに手を入れて確かめてもらうと、確かに水面のすぐ下から強い流れが生まれているのに、出所がわからず、止められないんです…。」


リッカは意味がわからないと思った。

これではどうやってリナを助ければよいというのか。

明らかに常識の埒外の事態を前に、異世界を痛感せざるを得ない。

能力を持つ人なら、助けられるのではと見回すが、プラスの事務所に近寄る人などおらず、昼下がりだというのに周囲に人は見えない。


クルミの護衛の鈴木さんはと目を向けると、彼女も首を振る。


「すまない。まだ水が少ない状態で、抱えたのが小さなお嬢様だから何とか這い出ることができたが、もう一度入って、成人女性を抱えて戻ってくるのは厳しい。というか、キャパが全く足りていないんだ…」


筋肉を膨張させようとするが、3秒ですぐにしぼむ。

人1人担ぎ出すだけでも、人の限界を超えるような力を使ったのだ。無理もない。


しかしそうやって考えている内に、無慈悲にも1分、2分と時が過ぎていく。

もうそろそろミサキが上がってくる頃じゃないかとリッカは気づく。

ミサキと一緒に考えれば、何か新しい案をひらめくかもしれない。

そう思ってリッカは水の奥に目を凝らすと、地下室の扉を出た階段の最下段あたりに人影が見えた。


「ミサキだ!頑張れ!早く上がってきて!」

「本当だ!ミサキさん!頑張って!」


クルミもリッカに続いて声をかける。

今はそのような応援しかできることがない。

だが、願いとは裏腹に、すぐに異変に気付く。

ミサキが泳いでいるように見えない。

いや、正確に言えば、泳いでいる姿勢のまま動いていないように見える。

まるで固まってしまったかのように。


そして目を凝らしていると、水の状態が変わっていた。

ミサキのいる深いところから徐々に水の色が白っぽくなっていく。やがてそれは水面まで届き、先ほどまで鏡面のようにキレイだった水面が、白っぽく、硬質化していくのがわかる。

早回しで水が氷に変わるビデオを見ているような光景が目に映る。

目と脳は状況を正しく認識しているが、同時に理解を拒む。


後のことも顧みず、リッカが水面に向かって飛び込もうとするが、結果は固い氷に身体が乗るだけ。

冬の池や湖のように、表面にひびが入って割れるでもなく、完全に凍ってしまっている。

叫びながら、足で蹴っても足跡がつくだけ。手で殴っても拳から血が出るだけ。頭を漬けようとしてもおでこからを傷つけるだけ。

どうやっても数メートル先のミサキに届く方法が見つからず、数分前まで水中で全力で泳いでいたことを忘れて、頭を氷に打ち付けて叫び続けたリッカは、その場で酸欠で意識を失った。


***


クルミの話がひと段落し、部屋は静寂で包まれた。

彼女たちの凍死体がいつ上がったか、凍っていった現象の原因は何だったか、その後リッカという子はどうなったのか。

疑問はあったが、俺たちはクルミに続きを促す気にはなれなかった。


水と氷を操る兵頭兄弟、そして瑞樹頼人も同じく、水の特異能力を持つらしい。

彼らのオフィスで起きた、彼らの能力に密接に関わる事件だった。

しかし、物的証拠は一切なく、この事件は原因不明の水難事故として処理された。

明らかな黒なのに、この世界でも物的証拠も状況証拠もなければ、法律が人を裁くことはできない。


「むごい…なんてひどいことを…」

「氷の中で迫る死の恐怖…。想像を絶するな…」

「真相はわからないけど、状況から考えると、彼らは自分たち以外に異世界人が強大な能力を得ることを阻止したかったのだと思うわ。そして能力を付与できるマナばぁさんに、異世界人を召喚できる私も、ついでに始末しようとしたのね」

「それじゃもう、誰にも兵頭たちの悪事を止められないってことじゃないかよ…」


俺はテーブルを力なく叩き項垂れる。

アツシもシュナも、悲しみとも憤りともとれる複雑な表情を浮かべている。

そんな中クルミが席を立った。

そして高級絨毯の上を足音なく歩きながら、テーブルの反対に座る俺のもとに歩いてきて、手を取り、言った。


「だから私はあなたたちを召喚したのよ」


小さいけれど熱の篭った手に力が入る。


「"与志乃"の姓を持つあなたと、大きな力を秘めたあなた達を」


背の小さいクルミのまっすぐな視線が俺たち3人を順に見据えた。


「あなた達に、この世界を救ってほしいの」

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