リナの能力
「本当に怖かったわ。とてつもない勢いで水位が上がって、さらに入ってくる水圧で外に出ることもできない状態だったの」
「地下室に大量の水って、まさかマナばぁさんの死因は溺死?」
「いいえ、話はそう単純じゃないの。私が直接見られなかった場面もあるけど、聞いた話と合わせて説明するわ…」
クルミは表情を少し青ざめさせながら続きを語ってくれる。
***
大量の水が地下の密室に入ってくるという異常事態に、その場にいた全員の気が動転している中、最も早く動いたのはクルミの護衛の鈴木だった。
彼女は職務であるクルミを守ることを最優先に行動した。
175cmと、元々女性にしては大きな彼女の身体が、さらにモリモリと膨らみ巨大化する。
彼女の能力である"筋肉強化"を最大に発揮して、クルミを抱きかかえた。
「お嬢様!水を飲まぬよう、少しの間息を止めていてくださいませ!」
有無を言わせぬ一言に、クルミも言われるがままに息を吸って止める。
他の人はどうするのか?
私だけ助かってよいのか?
激流に逆らって本当に出られるのか?
いろいろと頭に疑問が思い浮かぶが、生死のかかった危機的状況では考えは単調になる。
何とか鈴木が後で助けに戻る。外に出てから激流の元を止めれば問題ない。
希望的観測にすがり、頼れる護衛に身を任せるしかない。
すでにその時点で、クルミの肩あたりまで水が入り込んできており、悠長なことを言っている暇はなかった。
鈴木はクルミが息を止めたのを確認後、自分も大きく息を吸ってドアの方向へずんずんと進んでいき、強い水圧の抵抗を受けながら力尽くで出て行った。
残ったのは4人。
全員がパニック状態のまま、すでに水深は1.5mを超えてきた。
ドアいっぱいに激流が入り込んでおり、水深の上がり方が早い。
鈴木の行動を見て冷静さを取り戻したマナばぁさんが周囲を見渡す。
ベッドから身体を起こしたリナは、リッカに支えられて水に浮いている。
リナとミサキは、なんで?どうして?と言葉にならない言葉を叫んでいる。
マナばぁさんはリナに泳ぎ寄り、落ち着いた、強い声音で語りかける。
「能力付与したばかりで申し訳ないが、アンタにお願いしたい。アンタの念動力の補助があれば、一人ずつ外に泳ぎ出ることができるだろう」
希望の芽が見えるマナばぁさんの言葉に、リナをはじめ、みんなの表情が明るくなる。
「確かに、それは名案ね!ぶっつけ本番だけど、使い方はわかるもの!やってみるわッ!それじゃ、まずおばぁさんからね!!さぁ!!」
皆が希望にあふれた視線を向けるが、マナばぁさんの表情は変わらない。
そして無慈悲にも同じ声音で続きを語る。
「無理だよ。能力付与を終えたばかりの私も、そして能力を付与されたばかりのアンタも、補助があろうと水流に逆らって階段を泳ぎ切る体力はないだろう。先に外に出た2人が助けを寄こしてくれるかもわからないさね。決断しておくれ。自分を犠牲に、この2人を助けることを」
リナの笑顔が引き攣る。
リッカとミサキも叫ぶ。
「そんなの!だめだよ!まだ諦めちゃダメ!他にも方法があるはずだよ!」
「そうだよ!外に出た鈴木さんやクルミちゃんがもうすぐ水源を止めてくれるだろうし」
本当は他の方法も思いついていないし、今も水深が上がるのは止まっていない。
ドアの上梁がすでに水に沈む。この部屋の空気はあと5分ももたないだろう。
リナは二人の取り乱しようを見て逆に冷静になり、一度顔をバチャンッと水に沈め、そして顔を上げた。
満面の笑みで二人を見て「オッケー!」と一言。
何がOKなのか、訳がわからない。
そしてマナばぁさんへ振り返る。
「おばあさん。わかった。私二人を外に出します」
リッカとミサキは驚愕の表情で親友の背中を見つめる。
「ちょっとリナ!何言ってるの!」
「ダメに決まってるじゃ…」
「もう時間がない!!!!!」
リナが大声で二人の言葉を遮る。
普段から緊張感のないリナの突然の大声に、ミサキとリッカも次の言葉を出せない。
「…もう時間がない、でしょ?大丈夫よ。まずリッカを外に出すわ。リッカなら運動神経もいいし、ミサキよりも速く泳げる。それに機転も利くから、助ける方法をすぐに思いついてくれるでしょ?後から助けに来てくれたら、いいから。ね、お願い。頼んだよ」
リナがニカッと笑ってリッカに頼む。
この笑顔で頼まれたとき、リッカは断れた試しがない。
普段はちゃらんぽらんだけど、一度決めたら押し通すのが高梨里奈という女だと知っているから。
水深はすでに2mを超えただろう。
リッカも様々な感情を顔に浮かべ、ミサキの方を見やる。
ミサキも逡巡した表情をしていたが、数秒後リナと同じく顔を水面に漬けて、勢いよく顔を上げて「オッケー!」と叫ぶ。
こちらはリナと違って全然OKな顔をしていない。
しかし、それでも苦々しい顔で、リナの提案を受け入れる態度を示した。
そしてその場の全員の視線がリッカに集まる。
もう選択肢がないのはリッカもわかっている。
すでに顔は涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだ。
リッカは考えたくなくて、親友たちと同じように、一度水に顔を沈める。
もやもやした考えも、暗い表情も、涙と鼻水と共に、一気に洗い流された気がする。
そして勢いよく顔を上げる。
「オッケー!わかった!絶対戻ってくるから!」
「すぐ追いつくよ!水、先に止めといて!」
2人と同じ、オッケーという言葉を使う。
ミサキもすぐに行動に移れるよう、リッカからリナを支える役を交代する。
「少し乱暴になるかもだけど許してね」
短く言葉を交わした後、リナが手を触れたリッカの身体がぼんやりと光り出した。
一秒でも早く外へ出るため、言葉は要らないとばかりにリッカは大きく息を吸って潜水する。
ドアの方へ向かうにつれ、水圧が強くなっていくのを感じる。
階段に差し掛かるころには、大河川の氾濫を思わせるようなとてつもない水流が身体を襲った。
しかし、普通では絶対にありえないような水圧に向かって、前進を続ける。
リナの力に守られているのを感じながら、とにかく手と足を動かす。
息が苦しい、水面が遠い。
それでも階段の一段一段を、蹴りながら、泳ぎながら、上へ上へと目指す。
実際には1分程度だろうか。
とてつもない長い時間泳いでいたような錯覚とともに、空気のある地上に顔を出す。
最後にトンッとリナの力が水中から地上へ押し出してくれた。
空気のある地面に足をつけた安心感に、大きく安堵する。
だが、時間は刻一刻を争っている。
すぐさまリナとマナばぁさんを助ける頭にシフトさせる。ここからが正念場だ。