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アツシ視点 1

「遠藤様、喜多村様、夕食のご準備まで時間がありますので、先にご入浴されますか?お着替えもご用意いたします」

「俺も入るよ!!」

「何から何までありがとうございます。もう一人入るそうです」


メイドの佐藤さんから声をかけられて、遠藤(えんどう)敦志(あつし)は心の中でグッジョブと思った。

22歳にもなって拗ねてふて寝する親友を動かすのには、わかりやすいニンジンをぶら下げるのが一番なのだ。

リキを慰めている内に、もう外が暗くなっているのを知った。11月の日の入りは早い。


案内されたお風呂は、男湯、女湯に分かれた旅館の大浴場のような入口だった。

男湯側の暖簾をくぐって入った脱衣所は、6人くらいなら余裕で着替えられそうな広さだ。

服を脱いで曇りガラスの引き戸を開けると、綺麗に手入れされた露天風呂が視界に広がる。


「金持ちとは思ったが、これは想像以上だな…」

「すげー!ふんばり温泉思い出すわ!!」

「うわ、懐かしっ」


俺の感嘆の声に、風情はないけれど共感を誘う一言をリキが被せてくる。

俺たちの世代男子なら、間違いなくユルかっこよさを感じる理想の家風呂だ。

ガララという音とともに、女風呂の方から、人が入ってきた気配を感じる。


「クルミちゃんの家のお風呂、本当に素敵ね」

「ありがとう。お父様が大の温泉好きで、我が家にも作らせたのよ。使用人たちも使うから、無駄遣いではないのだってお母様を説得していたのを覚えているわ」

「買い取った訳じゃなくて、新しく作らせたのね。お金持ちってスケールがでかいね」


竹垣のすぐ向こうから、シュナとクルミの声が聞こえてくる。

胸が大きいだとか、肌がすべすべだとか、漫画でお約束な話題ではないが、女友達と今日会ったばかりの女子高生が、数メートル先で裸になっている状況は、ちょっとエロい。


「寒いし、早く入ろうぜ」


リキは全く意に介さないという態度でシャワーを浴び、シャンプーで頭を洗い始めていた。

俺は嘆息しつつ、リキの隣に座ってシャワーハンドルを回す。

コイツは昔から知っているからって、シュナのことを本気で女として見ていない。

あれだけ可愛い子がずっと近くにいるのに、全く姿勢を崩さないリキは、逆にすごいと思ってしまう。

しかもシュナも同じように、リキのことを男と意識していない。

羨ましい関係だと思うし、俺もその一員に加わっていることが、不思議な気分だ。


リキとの出会いは、入学して2週間ほど経った頃だ。

各サークルが体験入部や新歓コンパに精を出しているタイミングで、テニスサークルの飲み会で出会った。

同じテーブルに、Tシャツにジーパンというダサい恰好をしたヤツがいて、一目で俺と同じ1年生だなとわかった。

1年生は年齢確認こそされていないが、ソフトドリンクやサワー系を飲んでいるのがほとんどだった。

そんな中そいつは芋焼酎をロックで飲んでいて、隣に座った女の先輩に酒豪なんじゃないと言われてデレデレし、おかわりしていた。

そのテーブルではお互いのフルネームと出身地を自己紹介で話したくらいだったが、席替えで男ばかりのテーブルに移った後、そいつは店員にカルーアミルクを頼んだ。

そこでツッコんだのが、ちゃんと会話した最初の記憶だ。


なぜかわからないが、俺の選択にリキが与える影響は大きい。

テニサーには入らなかったものの、妙に馬が合っていろいろとサークルを見て回って、最終的に俺たちは漫画研究会に入った。

当初テニサーに入ろうと思っていた俺に、そのサークルの飲み会の中でリキは言った。


「同じテニスをするのに、サークルだと金がかかって、テニススクールのトレーナーだと金が貰えるって変だよな。俺は金払うよりも、貰いたいわ」


リキは酔っ払って言ったその言葉を、もう覚えていないらしいが、その言葉はやけに俺の印象に残った。

近所のテニススクールのバイトを探して面接に受かった後、サークルは忙しくないものに入った。

3年の時に、なんでアツシはテニサーに入らなかったんだと聞かれた時は、やれやれと思った。

就活で自己分析に悩んでいる時も、リキは俺にヒントをくれた。


「大学時代に頑張ったことなんてないなぁ。いいよな、アツシもシュナもスポーツが語れて」

「俺の場合は、生活費を稼ぐためにやってたアルバイトだから、大して語れないよ」

「それがすげぇんだよ。磨き上げた自分の能力を発揮して、自分のためにも人のためにも価値あることに、時間を投じ続けてきたなんてこと、俺にはないからさ」


リキの言葉を参考に、アルバイトについて熱く語れたことで、内定が貰えた。


湯舟に浸かりながら、リキは水中で魔力の手をグーパーして、落ち込んで、のぼせる前に風呂を上がった。

用意されたピッタリのサイズの下着と浴衣に袖を通し、ホスピタリティに感動しながら脱衣所を出る。


同じタイミングでシュナとクルミも出てきたところだった。

ツインテールだった髪をまっすぐに下ろしたクルミは、一瞬誰だかわからないくらい、普通の美少女だった。


「どなたですか?」


と尋ねてリキがクルミに怒られている。

こんなバカだけど、今はコイツの傍にいたことで、遠い異世界まで飛ばされてきた。

世界を救う役割まで担うことになっている。

どこまでも俺の人生を変えてくる親友がいると、まだまだ飽きることはなさそうだ。

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