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第二話 オタゴリア最後の夜

しかし、如何に私が淑女の仮面を被ろうと、王女らしく振舞おうとしても。

王宮舞踏会で私は男性パートを踊らないと誰とも踊れないのではないか、というくらい身長的に釣り合う殿方がいないのだ。

泣ける。


舞踏会に初参加の日。

可愛らしいリボンが付いた白いヒールで踊るのが、14歳の私の夢だった。

私の夢と希望を盛り込んだ華奢な可愛らしいヒール。

そして、愛らしいリボンは繊細な刺繍が施されている。

鏡に映る自分は、それこそおとぎ話のお姫様のような。

侍女たち渾身の出来のお姫様みたいな自分に、私は浮かれた。


だが、浮かれていられたのは、兄がエスコートの為に私の部屋まで来るまで、だった。

なぜなら、エスコート役で私の部屋に迎えにきた兄に上から下までジロジロとみられ、おかしいわ、ブリザードでもきたのかしら?と思うくらい部屋の温度、というか、兄様の周囲の温度が下がり、氷よりも冷たいんじゃないかって声音で兄から投げ捨てる様に言われた。


「何それ、僕に対する挑戦?」


初参加、デビュタントなのに、まず最初のセリフが挑戦って…私は間違えて舞踏会ならぬ武道大会に初参加なのか!?

いやいやいや。

兄様、まずは可愛い妹の晴れ姿を褒めようよ?

とりあえずドレス姿を褒めないのって紳士として兄様、どうなの?とは思うものの。

兄様から吹き荒れるブリザードに、私はおずおずと夢だった白いヒールの靴から、元々予定していたヒールのない靴にを変えた。

そう、最初から分かっていたもの。

この夢のヒールに出番が無い事は。

分かっていた。

でも一応夢だったから。

もしかしたら、実際履いたら兄様の方が背が高いかも大丈夫かも、なんて少し期待しちゃったんだ、無駄なあがきだけどね。

だってね、私がヒールを履いたら私がエスコート役をしないといけないじゃないか。

ヒールを履こうものなら、兄はおろか、父様よりも大きくなってしまう。

そうなると、そこらの男の人では太刀打ち出来ない。


それに兄は、父譲りのダークブラウンの髪に、母譲りのブルーグレーの瞳、

どちらかというと私よりも女らしい顔をしてるのだもの。

父譲りの唇の薄さでどうにか女らしい顔立ちを隠している、感じだもの。

男顔の私がいかつい眉をそり落として眉墨で優し気な眉をかけるのとは違い、兄は化粧が出来ないからね。


だーけーど、私は知っている。

眉を足して描いて少しでも凛々しく見せようとしていることを。

ほんの少しだけ、ヒールが高く入っている靴を履いて私をエスコートしていることを。

フッフッフ。兄よ、私だってただやり込められているわけではないのだ。

いつか、ここぞ、という時に盛大にばらしてやる。

あなたの妹は、いつもいつも大人しく負けているだけの、か弱い女の子ではないのだ。

心の中には、いつでも砥石を用意しているのよ。

刃というものは、ここぞ、という時の為に研いでおかないとね!


かくして、私は13歳の時に顔面偏差値というものを。

14歳の時に、身長はどうにもならないという事を。

嫌というほど味わったのだ。

王女だ、というのに。


あと1年。

ジェイコブ様の身長が急激に伸びて、私より高くなってくれると良いのだけど。

私はため息をついて、窓の外を眺めた。



1年というのは、長いようで短い。

短いようで、長い。

何だか、何か悟りをひらいてしまった聖職者のような人間の言葉みたいになってしまった。

でもこの一年を言葉に表すならそれしか言えないのだ。


私個人の希望としては、親や兄としんみりとした雰囲気で過ごしたかったのだが

そうは問屋が卸さなかった。

相変わらず兄にいじられながらの1年だった。

しんみりする暇すらなかった。


おかしい。

兄というのは、政略結婚の為にこの地から泣く泣く離れる妹である私、か弱き乙女を保護し、溺愛するものだとばかり思っていたのだが違うのだろうか。

まぁ冗談だけど。

兄に溺愛されても気持ち悪いし。


そんなこんなで父が命令を下してから、きっかり1年後、我がオタゴリアの刺繍職人やドレス職人やら染色職人やらの汗と涙の結晶であるドレスが出来上がり、何の問題もなく輿入れの準備が整った。

そして私は馬車に揺られてカンタベル王国に向かっている。

今日、オタゴリア王国とカンタベル王国の国境近くのスティーブン辺境伯が治める領内に入った。

王都を出立してから4週間。

贅をこらした花嫁道具を見せびらかす、いや、王家の力を見せつけるためのゆっくりとした進行で、普段よりも時間をかけた行軍ではあったが、今晩がオタゴリア最後の夜になる。

スティーブン辺境伯と最後の晩餐を共にし、客室に戻る。

王女が寝泊まりするのだ、部屋はかなり贅を凝らしてあるし、居心地良く滞在できるように皆、気を使ってくれていた。

毎日違う枕とベッドで寝るのはかなり辛いものがあったけど。

それでも、そこは自国で、父様の家臣の家だった。

明日は、国境。

私はカンタベル王国の馬車に乗り換えるのだ。

私と侍女4名と私の荷物のみ。

心細くない、と言ったら嘘になる。

流石の私も異国の地に足を踏み入れるのは初めてだ。

そんなナーバスな私の気持ちを知ってか知らずか。

私の護衛の筆頭を務める第一将軍であるオーネルが1通の手紙を持って現れた。


「フィリップス第一王子殿下から、お手紙を預かっております。

オタゴリア最後の夜に渡せとのご命令でしたので、僭越ながら私、オタゴリア第一軍のオーネルが預かっておりました」


恭しく侍女に手紙が渡され、私の手元に届く。

見慣れた兄様のやや右上がりだけど几帳面な字で アリシアへ と書かれていた。


「確かに受け取りました。ありがとう、オーネル」


王女モードの私が微笑んで受け取るのを確かめてから、オーネルは敬礼して部屋から出て行った。


家族と離れて2週間。

考えたら、父様はともかくも兄様とも、母様ともこんな長時間離れて暮らしたことがなかったのだ。


王女として、国から離れるのは自分の宿命だと思って理解していたのだけどね。

兄様の字をみたら、里心がついてしまったみたいだ。


アリシアへ


今晩が最後のオタゴリアの夜なんだね。

何だか今でも信じられないよ。

あの小さかった僕の可愛い妹がお嫁に行くなんて。

明日は、カンタベル側と初の顔合わせになる事だと思う。

カンタベルの人間に、さすがオタゴリアの王女だと思われるように

指の先まで緊張感を持った行動をする事。

いつでも姿勢を伸ばせ。

背筋を伸ばし、指先まで自分の意思できちんと己が役割を果たせ。

堂々としている事。

私は、いつもそうあるように、お前と接していたはずだ。


お前につけた侍女は、護衛も兼ねている。

何かあったらすぐに頼る事。


与えられる幸せというのもあるだろう。

だが、本当の幸せというのは、自分で見つけるものだ。


もし、気分がふさいだら、空を見上げよ。

太陽が出ていたのなら、それはオタゴリアでも見える太陽だ。

月が出ていたのなら、それはオタゴリアでも見える月なのだ。


愛する妹へ フィル


兄様の愛称で最後は終わるその手紙を持って、私は泣いた。

知っていた。私は。

なぜ兄が私を自分の従者や、側近と一緒になって遊ばせたか。

同じ年頃の少女と一緒では頭一つ以上飛び出てしまう為、毎回背を丸めこませ、縮こまる私を見ていられなかったから、なのを。

猫背気味になった私に喝を入れるため。

私を俯かせないようにするため。

自信を無くして表情がなくなっていくのを防ぐため。

本当は、全て知っていた。


愛されていたことを噛み締めながら、私は泣いた。


明日からは、泣けない。

気を抜くことは許されない。

オタゴリアの王女として。


今夜だけは、兄様、許して。

泣きながら手紙を抱きしめる私に、侍女が何も言わずに背中を撫でてくれた。


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